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変な話だけど、ふいにその子の顔と書道の文字が結びついた。
思い出した。いつも私の二列後ろくらいの席で、周りの子とふざけることなく、黙々と書いている男の子を。
「あの子……」
「弟の佑介」
片肘で橋の欄干にもたれかかりながら、菱野くんは答えた。
少し長めの薄茶色の前髪から見える目はくやしいくらい冷静で、私は精一杯にらみつけることしか出来なかった。
「殴ってもいいよ」
「……なんでこんなこと?」
問い返すと、菱野くんは川の方へ向き直った。すると無感情だったはずの横顔が歪む。目を閉じて眉間にシワを寄せていた。教室で一人で座っている時と同じ表情。
「嫌がらせ」
「?」
「……弟は、蒼井さんが好きなんだよ」
何のことかよくわからなかった。何がどうしたら菱野くんの弟が私のことを好きになるのか。それに仮に菱野くんが私を抱きしめたことが嫌がらせだったとして、そこまでするなんて。
「……弟さんのこと、嫌いなの?」
「俺が……一方的に妬んでいるだけ」
重いため息とともに答えた。その気持ちを認めたくないのか絞り出すように。
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