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平凡を絵に描いたら僕になるのでは? と思うほど、何の変哲もない自分。そんな自分をとても大事にしてくれる、めちゃくちゃイケメンでハイスペックな幼馴染。
こんな僕を恋人にしても、得があるとは思えないのに、君は一途に想ってくれる。僕はその愛を受け止めるだけで、いつもいっぱいいっぱいで。
だけど本当はいつだって、僕の方こそ君のことが大好きなんだ。
陽の光が顔を照らし、朔は身をよじらせた。
「朔......」
それと同時に優しい声が自分を呼ぶのが聞こえる。うっすらと目を開けると、とんでもなく整った男前な顔が目に飛び込んでくる。視線があって侑星は嬉しそうに口元を綻ばせた。それもとてもかっこよくて朔の鼓動がとくんと跳ねる。
「いつまで寝てるんだよ。もう起きる時間だろうが」
口調とは裏腹に優しく頭を撫でられる。
「......あと五分」
手の温もりが心地いい。まだまどろみの中にいたくてそう訴えると、ふっと侑星が笑みを零す。
「たくっ、しょーがねーなぁ……あと五分だけだからな」
そう言うと、チュッと朔のおでこに口付けて侑星は部屋から出て行った。
「............」
朔はキスされたおでこを押さえる。
(朝から心臓に悪い......)
ドキドキと早まる鼓動を感じながら、朔はまた目を閉じた。扉の向こうからは、焼きたてのトーストと、コーヒーのいい香りがしていた。
きっかり五分後に起こしにきた侑星と向かいあって朝食を食べる。トーストは前に朔が美味しいと言った店のもので、上に乗っている目玉焼きは朔好みの半熟。すべて侑星が用意してくれたものだった。
「今日新人の歓迎会あるから遅くなるかも......」
「はぁ? 飲みすぎんなよ」
朔の言葉に侑星が眉を顰める。だけど次の瞬間、優しく頭を撫でられた。
「お前酒弱いんだから......帰り連絡くれたら迎えに行く」
「............」
ぽんぽんと撫でた手が頬に伸びてきたと思ったら、侑星が朔の口端についたマヨネーズを親指で拭った。
「ついてる」
頬杖をつきながらそう言って笑うと、侑星が指を舐める。
「っ......ありがと」
それに頬を赤く染めながらお礼を返すと侑星が微笑む。その微笑みからは甘い雰囲気が漂っていて、朔はますます赤くなった。
侑星は毎日、いや毎分毎秒といっても過言ではないくらい、とてもとても甘い。朔は愛し気に自分に微笑みを向ける、朝から素晴らしく整った幼馴染の顔をジッと見つめた。
目の前に座る彼は、。誰もが見惚れる美貌とモデルのようなスタイルを持ち、一流企業に務める超ハイスペック。それに対し、見た目も学力も並、何の変哲もない平凡なサラリーマンである自分、三波朔。二人は物心ついた頃からの幼馴染で、二ケ月前から、侑星がもともと住んでいた家で一緒に暮らしている。
所謂、同棲というやつだ。小さい頃から一途に朔を想ってくれている侑星、同じく昔から侑星が好きだった朔。二人は気付いたら自然な形で、幼馴染から恋人になった。木元侑星
口調や態度は俺様だけど、侑星が優しいのは朔が一番分かっている。付き合いが長いだけあって、気を使うこともなく、相手が何を考えているか話さなくても分かる二人は、とても良好な同棲生活を送っていた。
(ほんと、侑星は優しくていい男だよな......)
だけど、朔には最近ある悩みがあった。
「......く、朔!」
「え? 何?」
呼ばれた声にハッと顔を上げる。そんな朔の様子に侑星は首を傾げた。
「どうした? 何か悩みごとか?」
「......あ......ちょっと今日の仕事のこと考えてた。何?」
さすが侑星、ずばりと悩んでいることを言い当てられるが、今はまだ話す勇気はない。朔は慌てて誤魔化した。訝しむような視線を向けられ、朔は冷静を装い笑顔を浮かべる。しばしそうしていた侑星だったが、ふうと軽く息を吐くと手に持っていたカタログを朔に向かって広げた。深く追及されなかったことにホッと胸を撫でおろす。
「これなんだけど、ソファー買い替えようと思うんだけどさ。朔はどれがいい?」
「ええ......この前洗濯機と冷蔵庫替えたばっかりじゃん」
「あれは俺が一人で暮らしてる時に買ったやつだろーが! 朔と暮らし始めたら、全部買い替えるって決めてたんだよ。お前も使うんだから、朔が欲しいのがいいんだ俺は!」
ぷくっと侑星が膨れる。その仕草が可愛くて、朔は口元に笑みを浮かべた。
「もお......気持ちは嬉しいけど僕は使えたらなんでもいいって。そんなことにお金を使うより、もっと趣味とかにお金使えって」
「趣味ぃ......」
朔の反応に、ますます頬を膨らませてから侑星がしばし間を置いて何かを考える素振りを浮かべる。
「で、どれがいいんだ?」
だけど、またカタログを朔の方にグッと差し出した。
「いや、僕の話聞いてた?」
そんな侑星に、朔は首を傾げる。
(僕じゃなくて、自分のことにお金を使えって話なんだけど!)
朔がそう思っていると、侑星はじっと朔を見つめる。
「俺の趣味って朔だから、朔を喜ばせたり幸せにすることが趣味。自分の趣味に金使って何が悪い? さあ! 早く選べ」
「え、えぇ............」
大真面目な表情で言い放つ侑星に、朔は戸惑いながらも差し出されたカタログを手に取った。
* * *
昼休み、侑星お手製のお弁当を食べながら、朔は今朝渡されたソファーのカタログを眺める。ひとしきり目を通し、朔はハァとため息を吐いた。
(僕が趣味って......あんな真面目な顔して何言ってんだか)
だけど侑星のことだ、あれは本気で言っている。なんせ、朔を『お嫁さんにする』と小さい頃にした約束を叶えるため、人一倍努力して誰もが認める一流企業に就職したぐらいだ。昔交わした約束の記憶を思い出して、朔は口元を綻ばせた。
(ほんと侑星はいつも僕の願いを叶えてくれる、王子様だなぁ)
だけど、どれだけかっこよくなっても、朔の前では甘えたな幼馴染のままで、変わらない侑星が愛しくて堪らなかった。こんな風に想ってもらえて朔はすでに幸せだ。だから家具や家電まで朔の好みに合わせなくていいのに、と思ってしまう。
(それに............)
朔はギュッと手を握りしめた。
一緒に暮らして早二ケ月。朔と侑星はまだ、一線を超えていなかった。
(こっちは毎日毎日、いつ手を出してくるかドキドキしてるのに!)
これなら付き合いだす前の方が、スキンシップが多かった。なんとなく寂しくなって、朔は今朝侑星にキスされたおでこに触れた。もっと深く侑星と触れ合いたいと思っているのは自分だけなのだろうか?
(もしかして......僕に魅力がない?)
そんなことを考えてしまう。朔は最近、そのことでずっと悩んでいた。朔を大事にしてくれているのは分かるが、これだけ何もなければどうしたって不安になってくる。どれだけ侑星に優しくされても、気を抜くと不安に襲われていた。
侑星はいつだって、朔の願いを叶えてくれるけど。
「こんなこと......恥ずかしくて言えないよ!」
朔は呟いて、机の上に突っ伏した。
* * *
「あれ? 朔......」
ソファーに寝転んでスマホを見ていた侑星は、帰ってきた朔の姿を見て驚いた声を上げた。
「今日遅くなるんじゃなかったっけ?」
「用事あるって言って、早めに抜けてきた......」
昼間に不安に駆られてから、どうしてもそれを振り切れなくて、朔はそうそうに飲み会を抜け出した。この不安をどうにかしたくて、侑星の顔を見て少しでも安心したかった。
ラフな格好だが、部屋着ではない侑星に、迎えにきてくれるつもりだったことが伝わって、胸がキュッと締め付けられる。
「どした? まさか……体調でも悪いのか!」
ただいまも言わずに部屋に入ってきた朔に、侑星が体を起こす。心配そうな瞳が朔を見つめて、そんな優しい侑星に朔の瞳にうるうると涙が滲んだ。
「っ......!」
「侑星~~」
驚いたように侑星が息を飲んだのと同時に、朔が侑星に手を伸ばし、その体に抱きついた。
「え⁉ さくっ!」
侑星の膝の上に跨って、朔は侑星の首筋にぎゅうと抱きついた。
「なっ......へぇっ? さ、さく⁉」
驚きに声を裏返らせる侑星に構わず朔は必死にしがみつく。
「ゆうせ......」
涙が滲んだ声に侑星がハッとしたように息を飲む。そして自分を落ち着かせるようにふーと息を吐いてから、背中に腕をまわして朔をギュッと引き寄せた。とんとんとあやすように掌が体を撫でる。
「もしかして……飲み会でなんかあったか?」
朔は首を振る。
「じゃあ他に何かあるのか?」
「............」
その言葉に朔は黙り込む。これじゃ侑星の言葉を肯定しているようなものだ。思った通り、侑星が心配そうに朔を強く抱きしめた。
「朔......何があった?」
耳元で声が聞こえる。伺うような優しい朔を想う声。その声に体がとろんと惚ける。だけど中々口にすることができなくて。
「さく......」
そっと掌が朔の頬に触れたと思ったら、上を向かされる。至近距離で合った侑星の瞳が、とても心配げに朔を見つめていた。話して? というように見つめられ、朔は口を開いた。
「侑星は......僕とシたくないの?」
「......? 俺が朔としたくないことなんてあるわけないだろ?」
侑星が即答する。そうじゃない! と朔はぶんぶんと頭を振った。
「シてこないじゃんか何にも! 俺は毎日いつだろうってドキドキしてるのに! そんなこと言って侑星はほんとは俺となんてシたくないんだろぉ!」
わぁっと朔は泣きだす。侑星は狼狽えると、服の袖で朔の涙を拭う。
「お前......強くないんだから、あんま飲むなって言っただろ」
「飲んでないぃ......」
「いや、飲んでるだろ」
ほんのり赤く染まっている頬を侑星が両手で包み込んだ。
「それで? 一体俺が朔と何をしたくないって?」
呆れるような口調とは裏腹に、見つめる瞳が愛情に満ちている。それが朔の不安を溶かしていった。
「......セックス」
「............................................................はぁ?」
答えた朔に、侑星はたっぷりと間を開けたあと驚いた声を出す。
「僕のこと好き好きって隠さないのに、全く手を出してこないのなんで? 僕って魅力ないの……もしかして侑星……もう俺のことなんて......」
(好きじゃないの?)
それは口にできなかった。侑星の反応が怖くて朔はギュッと目を瞑る。
「........................」
侑星は相変わらず黙ったまま。朔はおそるおそるそっと目を開けた。すると侑星は瞳を見開いて、驚いたように固まっていた。
「侑星......?」
「え......手、出してもいいのか?」
「へ......」
侑星の言葉に、今度は朔が驚く。世の中の恋人同士というものは、お互いを求め合うものではないのだろうか? 長い間想い合っていた分、付き合いだしたらすぐに侑星とそういう関係になると疑っていなかった朔は自分の認識がズレていたのかと慌てる。
「いい、けど?」
思わず首を傾げながら返事をすると、侑星は、はぁぁぁーーーと深くため息を吐いた。
「俺......まだ好きだって言われてないけど」
「えっ......ええぇ‼」
朔は驚きの声を上げる。侑星のことを好きだと自分は伝えていなかっただろうか。
(侑星に好きだって言われた時に確か......あっ......)
その時の記憶を探って朔はハッとした。あの時自分は眠りに落ちそうになっていて、返事をしたつもりだったが確かに声には出していなかった。思わず朔は口を押える。そろそろと侑星の方を見ると、拗ねるように口を尖らせていた。
朔は慌てて居住まいを正す。そしてまっすぐに侑星の目を見つめた。
「ゆうちゃん......」
「っ......」
呼ばれた呼び名に侑星が息を飲む。それは昔、朔が呼んでいた侑星の呼び方だった。
「好き……僕はゆうちゃんのことが昔からずっと大好きです」
「さく......!」
朔の告白に、侑星は震えるように息を飲んで、次の瞬間その顔に、弾けるような笑顔が広がった。
「朔......」
きつく侑星に抱きしめられる。
「もう俺のだ......朔......もう一生離さない......」
「うん」
抱きしめてくる腕に答えるように、朔はうんと頷いた。
視線が合って、あっという間に二人の唇が重なる。深く口付けられて、すぐに朔の息が上がってしまう。とても心地よくて、朔はとろんと瞳を蕩けさせ侑星のキスを受け入れた。
「ん、ん……はぁ……」
そっと侑星の顔が離れていく、と思ったら、朔はソファーの上に押し倒された。
「この二ケ月、俺がどれだけの理性を振り絞って我慢してたか......朔にはじっくりと教える必要がありそうだな」
男の顔になった幼馴染に、さっきとは違う甘い涙で瞳が潤む。
「いっぱい......教えて?」
不安が跡形もなく消え去り、喜びでいっぱいになる。朔は誘うように自分から侑星の首に腕を回して引き寄せた。
* * *
「んっ......あぁ......ゆうせぇ......」
自分の声とは思えない程の甘い声が、次から次に零れ落ちる。
「朔......さく......」
恥ずかしくて堪らないのに、名前を呼ぶ侑星の声が甘くて、与えられる快感が強くて、零れる声を我慢できない。侑星の指で後ろを解され開かれ、体の隅々にキスの雨が降ってくる。最初は強張っていた体も、侑星のキスと優しい愛撫に、朔はあっという間に溶かされていった。
今やとろとろになった朔の体は、早くというように侑星のことを求めていた。
「あぁん......、ゆーせっ、そこだめぇ......」
「ここ? 好きだろ? さっきから俺の指きゅうきゅうに締め付けてる」
ナカの感じるところを何度もすり上げられ。一際大きく朔は嬌声を上げた。快感で震える手で、後ろを弄る侑星の手を掴む。
「あ......ゆうちゃん......」
求めるように見上げると、侑星が大きく息を飲んだ。
「この状況でその呼び方堪んねぇ......朔......もう、いいか?」
熱い塊が後ろに押し付けられて、期待するようにちゅうとそこが侑星のモノに吸い付く。それに侑星が興奮に顔を歪めた。
「かわいすぎ......ここが返事してくれてる」
熱い吐息交じりにそう零すと、侑星がグッと体を進めた。
「あっ、あ、んぅ......んーー」
「っ......さく......」
腹の中が侑星でいっぱいになった感覚に襲われる。熱くて苦しくて、そしてとても幸せだった。
心配そうに侑星が朔を見つめる。瞳に欲情を浮かべながらも、朔を気づかうその視線に、朔はふわっと侑星に向かって微笑んだ。
「いっぱいして? ゆうちゃんの好きなだけ......」
「さくっ!」
侑星に向かって腕を広げる。すぐに侑星が朔をギュッと抱きしめてくれた。それと同時に、侑星が腰を動かしだした。
「あぁっ、ん、んっぁ、ゆうちゃっ......」
感じるところを侑星の昂りがなぞって、信じられないぐらいの快感が体を包んだ。
「朔......すきだ! あいしてる......」
耳元で侑星が何度も愛の言葉を囁く。その度に、目が眩むほどの愛しさと幸福感が朔の体を駆け抜けた。
「あっ......ゆうちゃん......ぼくっ、もう......」
「ん、一緒に......」
答えた侑星にキスをされる。好きな人と繋がりながら、キスをするのがこんなに気持ちよくて幸せだということを朔は今日初めて知った。
「んんっ、ん、あぁぁ――――」
「......っ、さく......」
そして二人は同時に精を吐き出した。
固く手を繋ぎ合いながら。
* * *
「んふふ~さく~~」
新調したソファーに座り、朔は後ろから侑星に抱きしめられていた。侑星は甘え切ったように朔の首筋に顔を埋めている。そんな侑星が可愛くて、読んでいた本から顔を上げ侑星の方を見る。目が合って侑星が嬉しそうに瞳を細めた。
「このソファーさ、実は俺もこれがいいな~って思ってたんだ。洗濯機と冷蔵庫の時もそうだったし、好みまで一緒って俺と朔は運命だな」
侑星が上機嫌に笑う。それに朔の顔にも笑顔が浮かんだ。
「ほんとだね」
「さく~~」
抱きしめる腕に手を重ね頷くと、さらに侑星の笑みは深くなった。
(なんて、ほんとは渡されたカタログの中から、侑星が好きそうなのを選んだんだけど)
だてに付き合いは長くない。侑星の好みはすべて把握している朔にとってはそんなこと朝飯前だ。侑星が朔の欲しいものがいいように、侑星の欲しいものが朔の欲しいものだから。
侑星は朔の願いを何でも叶えてくれる。昔からずっと朔のことを想ってくれて、何よりも大事に大切にしてくれる。そしてとてもとても幸せにしてくれるのだ。
そんな侑星が朔は大好きで。だけど、侑星が朔を想ってくれるのと同じぐらい、いやそれ以上に朔だって侑星を幸せにしたい。
だって。
「なぁ朔、さっきから何の本読んでんだ」
「んー料理のレシピ本」
「何? 急に料理にでも目覚めたのか?」
不思議そうに侑星が朔を覗き込む。
「いや......そういうわけじゃないけど......」
朔は手に持っていた料理本をパラパラとめくる。
「美味しいもの作れるようになったら侑星が喜んでくれるかなって」
「え……」
朔は侑星を見つめるとにこっと微笑んだ。
「僕の趣味も、侑星を喜ばせたり幸せにすることだから」
「..................」
侑星はピタリと動きを止め、そして次の瞬間、顔中に幸せそうな笑顔を浮かべた。
「さくーーーーー‼ 大好きだ‼」
「うん、僕も大好き」
心も体も一つになった二人の未来は、これからもずっと幸せに続いていく。
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