01 自転車/スピッツ

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01 自転車/スピッツ

 異世界。それは元の世界とは異なる世界ということ。ここは北海道でも、札幌でも、東京でもない。そもそも地球ですらない。眠って、起きて、目が覚めて、いつも通り支度して、外に出たら、そこは違う世界だった。何度繰り返しても、扉の向こう側は違う世界だったから仕方がない。一度開けて、戸惑って、そっと閉めて、それからまた開ける。変わらない。もう変わってしまった。扉の向こう側は、異世界になってしまった。さて、どこが異世界なのかと言うと、それはすべてが異世界だった。  少し周りを散策してみて分かったのが、めちゃくちゃだということだった。いたるところに魔法っぽい動きがあり、具体的には箒に乗っている人とか、ものを浮かせて移動させている人とか。場所で言うと家畜とか放牧とか田舎っぽいところが左にあったかと思えば、右に近未来的というか、たとえば電車や車が空を飛んでいるような、浮かんで見える電子公告があるような、そんな大都会もあった。何でもありだった。めちゃくちゃだ。俺にはそう感じた。  スマートフォンは使えた。インターネットにも接続されている。ネットの世代は全然違うけど。ここで変わった点が、現世と異世界をスマートフォンの画面で切り替えられることだ。俺は現世にはいけなくってしまったが、しかし情報だけはインターネットから得られることができる。異世界にも人間は住んでいるらしいので、文明は発達してインターネットにつながるみたいだった。  異世界につながった瞬間起きたこと、それは無職になったということだった。勤めていた会社に行けない。連絡はできても、行くことができない。もちろんそんな説明が通じるわけはなく、無断欠勤扱いが続いてクビになった。そこで俺は音楽の道を志すことにした。というのも、趣味で続けていた音楽、ギターの弾き語りを現世では続けていだのだが、しかし、再生回数十何回止まりの、超底辺だった。俺は音楽で売れることはなかった。カバーはもちろん、コピーですら、誰にも聞いてもらえなかった。それでも続けていた。誰にも聞かれなくとも、好きだからやっていた。それを異世界に来て、ふと思って異世界の動画投稿サイト、エスエヌエスにアップロードしたところ、めちゃくちゃとは言わずとも、しかしいい感じに人気が出た。ストリートで、つまり街中で弾き語りすれば人が集める程度には人気で、ある程度稼げるくらいには収入やら投げ銭やらがあった。そしてその中にはたまに、石油王とか大富豪が現れることがある。正直収入面ではとんでもなく助かるというか、全身投地で感謝し尽くしても足りない。なんとかこの感謝の気持ちを直接伝えたいと思うのが、匿名がほとんどの投げ銭では、相手がわからない。ラジオネームは確か『率直で素直』だったかな。  その日も都会側の街でリサイタルを開いていた。路上演奏だ。この世界にも音楽というものはあるが、しかし、現世の音楽や楽曲はない。よって、俺がコピーして歌う歌がほとんどはじめましての人が多かったりする。めちゃくちゃ有名な、たとえばスピッツのロビンソンとかビートルズのLet It Beも、この世界ではほとんど浸透していない。俺は現世界代表として、異世界に発信しているような存在なのだ。つまり、歌えばそれはこの世界初の歌になる。この世界初のビートルズを歌った男になる。  もちろん、俺もこの世界に来てから歌い始める前に隅々まで調べたが、しかし、出てくる音楽は知らない曲ばかりだった。邦楽でも洋楽でもない。第三、第四、いや、異世界の音楽と言えるものが異世界のネットには転がっていた。だから現世界の曲はまったくと言っていいほどない。存在していない。そこに刻むように披露しているのが、俺ということになる。歌えば歌うほどベストセラーになる……はずなんだけどな? 世界が違えば、好まれる音楽も違う。そういうことなのだろうか。  俺は一曲、また一曲と、紹介するように弾き語りしていた。その姿がまるで、その存在がまるでラジオのように感じられたので、ここでの活動名前を『異世界ラジオ』と名乗っていた。この世界には現世界同様、様々な人間が暮らしているために言語も違う。みんな違う言葉を話す。しかし、ここは異世界だ。そこは魔法という結界が張られており、同時翻訳が脳内でできる優れもの。異世界新人の俺でも、不自由なくコミュニケーションを取ることができる安心仕様だぜ。  さて、ギターというのは、右利きの場合、左でネックを持つことが多い。各フレット毎の弦を指で押さえることで音を鳴らす事ができるようにし、右手でピックなどを持って弦をかき鳴らすことが一般的だろう。そうして出した生の音、つまり電気的ではない音をアコースティックという。エレキギターがあるように、アコースティックギターもある。路上でやる場合、毎回大掛かりな音響設備とかを用意するわけにもいかないので、やはり生の音をボディ鳴らすことのできるアコギが求められる。これが一本あればそれだけで今日の音楽の時間は完成される。  俺の弾き語りは原曲のビーピーエムをぐっと下げて、ゆっくり、ゆっくり、しっとりと歌い上げるのが特徴だ。情緒的で、エモーショナルな、込み上げるような感情を歌い上げる。そんな歌い方を想像してくれると、一番想像の演奏に近いと思う。    ジャンジャン……ジャカジャン!  軽く鳴らし、慣らすように鳴らしてチューニング。すべて準備が終わると今日の曲をさっそく弾き始める。いくつか歌ったところでトークタイムをチューニングしている間に行う。  この異世界と私の部屋は繋がっていることは先程述べたが、そのおかげで様々な物を持ち込むことができて、それはたいそう珍妙に、不思議がられるものだった。異世界のモノは、どの世界でも珍しいものなのだ。その中に自転車があった。それは本当に珍しいと言われて、多くの人から興味を持たれて、あれこれ聞かれた。もちろん私は自転車の所有者ではあるが、作成者ではないし、製造に携わったことは一度もない。乗り方、使い方はもちろんわかるし、伝えることができるが、しかしそれ以上はない。最近は移動のほとんどをこいつに頼っていて、とても愛着のある愛機だから、売って欲しいと言われたこともあったが、売るつもりはない。今では貴重な現世の物の一つだ。  さて、お次はそんな自転車な一曲を。  異世界ラジオを名乗るぐらいなので、曲紹介はしっかりしないとな。この曲はじんわりと心の底から湧き上がるような元気をもらえる曲だ。自転車を題材にした曲は数しれず、たくさんあるけれど、坂道の登り坂をえっちらおっちら頑張って登りたくなる曲は他にない。涙拭いて、ぐっと、踏ん張っていこう。そんな一曲をお送りします。    では、今日もよろしくお願い致します。
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