曖昧なキス

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「その反応は⋯ずるい」 「え⋯伊織くん?」 ため息を深く吐くその意図が理解できず、私は抱きしめられたまま身動きが取れずにいた。 会社ではみんなに尊敬されて淡々と仕事をこなす伊織くんが家ではこんなふうな一面を見せてくれるなんて誰も知らないんだろう。 私だけが見られると思うと、なぜか私の中に優越感が生まれた。 そんな感情を抱ける資格なんてないというのに。 私たちを包み込む空気がいつの間にか甘く甘美なものに変わりつつあった雰囲気を遮るように私のスマートフォンに連絡が入った。 まるで私のおこがましい感情をかき消すようなタイミングで一気に現実に引き戻された気がする。 身体を離した私はスマートフォンを確認すると冬麻がタクシーで家の前に着いたとのことだった。 私たちの身体が離れた時、伊織くんの顔が少しだけ残念そうに見えたのは気のせいだろうか。 「弟が家の前に着いたみたい。迎えに行ってくるね」 「気をつけて」 火照った顔の熱を冷ますようにパタパタと玄関に向かい、エントランスを出て冬麻を迎えに行く。 キャリーケースを持った冬麻は私の姿が見えると笑顔で手を振ってくれた。
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