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「すずちゃん、最後に何か歌ってくれるかな」と多香子さん。
「じゃあ、一緒に歌えるものにしましょう。何がご存じですかね」
皆の曲のチョイスが若干古いものが多いので、難しい。
「えぇと…では『翼をください』なんかいかがですか」
これなら幅広い年代が知っていると思う。
最も、私達は替え歌の方を面白がって聴いていたが、ここは真面目に歌いたい。
「あぁ、良いね。大空に飛んでいく、か。私達にピッタリの曲だねぇ…」
実は何となくわかっていた。
山小屋に先にいた皆が普通ではないことを。
でもそれを認めてしまうと恐怖が勝って冷静でいられなくなってしまうと、脳内で自己防衛機能が働いていた。
26人も集まるなんて、何年この場所に囚われていたのだろう。
皆で過ごしていても、仲間がどんどん増えていっても、どこかこのままではいけないと思っていたのかもしれない。
今回既に居なくなった人達は、皆で楽しくワイワイと騒ぎ、歌うことがキッカケになって本来向かうべき場所へ行ったと思いたい。
思えば皆がここに居てくれたおかげで、私は眠ってしまうことも足の痛みと寂しさに耐えながら、ひとり長い夜を過ごすこともなかったのだ。
第九を歌ったお姉さんのように厳かには歌えないけれど、感謝の気持ちを込めて最後まで歌おう。
私は大きく息を吸い、1音1音ゆっくり丁寧に歌い出した。
窓の外では、空が色づき始めていた。
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