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第二話
小谷はこんな時でも寝坊したとは絶対に云わない。ちょっと今朝の寒さに驚いただけさと言って退けた。
相変わらず十和瀬は、いつものぶっきら棒な面を表に出して来るが、そんな挨拶なんてどうでもいいと云う顔をして歩き出した。
此の前までの夏日を思えば今朝の気温は十一月では珍しくない十度台だ。数日前を思うと寒すぎる温度だ。まあそれでも小谷の顔を立てて「それで遅れたのか」と十和瀬はやっと納得したのか、この日初めて頬を緩めた。それで小谷も少し笑って、それに歩幅を合わせて、鴨川に架かる橋を渡り出した。
「処でどうして俺がお前を連れて行かなきゃならないんだ」
待ちくたびれた様子もなく十和瀬は訊いて来る。これだから此奴とは縁が切れないんだ、と小谷は胸の中で寂しく笑った。
「そうだなあ、それよりお前とは十五年の付き合いになるか」
「高校からならそうなるだろう」
何で今更そんなことを聞くのか十和瀬は怪しんだ。だいたい此奴はつまらないことはペラペラ喋るが、肝心なときはすっかり身構えて仕舞う男だった。それでも小谷からどんな嫌な目に遭っても最後は「どってことないさ」と笑って誤魔化してくれる。その時の十和瀬の複雑な思いを、これで相殺してくれると思うと堪らなくなる。これが十五年も二人の心を繋ぎ止めていた。
「今日はこれから菜摘未の実家へ行くんだから独りじゃ行けないだろう」
「行けなくしたのはお前じゃないか」
「だから昨日の電話で頼んだのだ」
別れてから珍しく菜摘未から電話をしてきた。付き合っていた頃はいつも短いメールで遣り取りしていたのが、あの女にしては珍しく瀬音のような小さな乱れ声が混じっていた。
「その菜摘未がお前に会いたいって言っているのか? それで何で俺も一緒なんだ」
そんなことで俺を呼び出すなと言いたげだが妹が絡むと思わず呑み込んだ。
「そんなこと知るかよ、さあ行くか」
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