第三話

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第三話

 十和瀬菜摘未は小谷が始めて身近に感じた女だが、直ぐにそれを吹っ飛ばすほどの女性が現れるまでの女だった。  十和瀬菜摘未はいつもこんな風に気の合わない兄と小谷を見て、彼女はどうして此の二人が一緒に居られるのか最初は不思議がった。 「菜摘未は同類であるお前の顔を見て、俺との違いを今一度見たくなったのだろう」  あの表情の乏しい顔で、どうして奇抜な考えや行動が次々と現れるのか。それは不思議を通り越して奇妙に見えるが、誰も云わないだけだ。  橋を渡り終えると地下へ降りる階段が駅の入り口だ。昔は東西にある四条、五条、七条の交通量の多いこれらの道路を、南北に走る京阪電車の踏切で(ことごと)く塞いでいた。だが鴨川沿いを走る京阪電車は、眺めるには飽きない存在だと、老人からは聞かされた。それは今は亡くなった祖父からも聞かされた。その祖父が伏見に造り酒屋を開いて十和瀬幸弘の兄、功治が三代目として後を継いで、幸弘は家を飛び出した。祖父の時代は酒造り一筋だったが、後を継いだ二代目のおやじは、妻と三人の子供が在りながら女を作った。更にその女には幸弘と腹違いになる妹、香奈子(かなこ)まで居た。しかも女と腹違いの妹は、実家の近くに居るから必ずその家の前を通った。小谷はその十和瀬の腹違いの妹、香奈子に思い入れが強かった。だから小谷は菜摘未を出汁(だし)にして十和瀬を誘ったのは、約束なしに彼女に会える楽しみがあったからだ。
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