第四話

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第四話

 階段を降りた二人は、改札を抜けて更に地下のホームまで降りた。  四条京阪駅には全ての電車は停まるが、十和瀬幸弘の実家がある造り酒屋の伏見桃山駅は普通と準急しか停まらない。その電車が行ったばかりだと、急ぐ時は次に来る特急か急行に乗り、電車が追い付く丹波橋駅で、先行した列車が待期していて、それに乗り換える。此の時は気が乗らないのか、十和瀬が次の電車を待った。矢張り、菜摘未の用件は大したものではないようだ。ならどうして電話で同行を求めた時に断らなかったのか、考えられるのは、どうしても実家に行く用事があったのだろう。じゃあ菜摘未は小谷でなく兄から頼めばと詮索したくなる。それを敢えてしないのは、兄の性格を見越して小谷に電話したのだろう。地下部分を走る列車同様に先の見えない兄妹だと今更ながら小谷は隣に座った十和瀬を眺めた。  京阪電車は七条駅を過ぎてからその姿を地上に現すと、同時に眩しいほどの光が突然車内に流れ込む。此の光になれた頃には、密集した家の軒下近くまで建て込んだ寂れた裏側を、舐めながら準急列車は通り過ぎていく。  昼間の準急は空いていた。長いベンチ式のシートに座った二人は顔を合わせることもなく、流れ込む光にホッと落ち着いた気持ちなる。二人はどちらからともなく閉ざされた闇の空間から解き放たれたように喋り始めた。 「妹は俺に用があったんだ」  と聞かされた小谷は、横ならびのシートから顔だけ無理に向けた。その顔を十和瀬は制止した。 「言いたいことは解っている。何でそれなら直接呼ばなかったのか、だろう」  二年前の十和瀬の結婚に関して家では揉めた。新妻の希実世(きみよ)が此の家に来たがらないのだ。姑、小姑におまけに長男にも千夏(ちなつ)さんと謂う嫁さんまでいれば当然だろう。何処に居場所が在るというのか。普通の家ならともかく三代続いた造り酒屋だ。それで十和瀬幸弘は家を出てチェーン店のリカーショップの店長として実家には酒の仕入れで出入りしていた。それが近々店長から降格させられると知った妻が、実家と掛け合うように頼まれていたのだ。
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