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第八十九話
「それってどうしてそこまで彼女の気持ちを引きつけられるんですか」
恋は心のシーソーだ。出会った時は丁度真ん中で釣り合いが取れて、真ん中で推移している。それが次第に気持ちの持ちようで、どちらかに傾くと、もう一方は浮いて来る。押せば引く、引けば押す。常にそうなればまどろっこしくなり、恋は惚れた方が負けだと謂う。この場合どちらが牽引車になって走り出すかだ。
「そのうちに菜摘未が、その恋の駆け引きに苛立って積極的になり誘って来たんだ」
境田にはウキウキランラン気分で、玄関のドアを叩く菜摘未の姿が想像できない。
「毎日来るんですか」
「仕事もあるからなあ、来られないときはごめんねとメールを寄越してた」
「そんなメールなんて、一度もない。来るのは奢ってと云う催促ばかりだ」
お陰で懐はいつも寂しい。
「虚しいデート生活を送っているんだなあ」
「今は慣らし運転で、まだ気持ちはそこまで行ってませんよ」
まさか手も握らされてないのか。まあそれは菜摘未の気性からして有り得ないだろう。なんせ思いついたら、激情の女だけに、相手構わずに感情が表に出る。これも有史以前記録のない御嶽山の噴火のように、いつやってくるか誰も知らない。あの噴火は日曜の昼の昼食時で悲惨な結果だった。
「暇だから付き合ったげる、そんな雰囲気を滲ます時が結構あるんですよ」
「何だそれは」
此の辺りになると菜摘未に関しては、完全に小谷の優位性が際立って、境田は劣勢に立たされている。
「それでもいいんです。一緒に隣を歩いてくればゴールにいつかは辿り着けるでしょう」
それまで心変わりしないで待つなんて、何ともはや気の長い話だ。そもそも大学時代に顔見知った仲だそうだが、おそらく遠くから眺めていて、偶に挨拶ぐらいは交わす程度だ。それが卒業後に急に声を掛けられた。それから始まった交際なら、あばたもえくぼの例えで、菜摘未のどこが、何がいいのか気になる。
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