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第九十話
「とにかく菜摘未さんと一緒に居ると飽きが来ないんですよ」
これにはハア? と思わず身を乗り出しそうになった。ところ構わずオーバーな動作を伴って語りかけてくる、あの姿には身が引けたのに。此奴はその反対に益々魅力的に感じ取ったのか ?。
「例えばどうなんだ」
車はないのでデートは電車かバスになる。それで良く菜摘未が我慢したのが不思議で余程の金づると思ったか。バス停では人が居るからじっと待つ。郊外の無人駅なんかでは、ホームのベンチに座る僕の前で、彼女は歌舞伎役者みたいに、大上段に大見得を切るシーンをやってくれる。何だそれはと言えば「だって列車が来るまで退屈なんだもん」とケロッとして言い切られた。これには思わず心の中で嗤った。
「でもどうも違うんですね」
「何が?」
彼女の行動の一挙手一投足が。僕に向けられていないじゃないかと感じられる。それほど自分に関心を持たれているとは、今の段階では思えない。
「じゃあ誰か別と人の為に振る舞っていると言うのか? 君の目の前で」
「そうとは言い切れませんが、少なくとも僕の反応を見るためで無いことは確かでしょう」
そう言う現場を思い浮かべてみても、デート中に以前の菜摘未には、そんな列車を待つ余暇時間が在っても、絶対に見慣れない光景だから、小谷は怪訝そうに境田の顔色を窺った。
「それはいつもそうなのか」
「無人駅になる郊外には余り行きませんが、なんせ私の実家が田舎なもので……」
「エッ! 菜摘未が君の実家に行ったのかッ」
信じられん。と喉元まで出掛かったが、境田の名誉のために押し留めた。
「一度だけです。彼女が観てみたいと言われて……」
「それで彼女の印象は?」
「悪くないわねえって、どう言う意味でしょう」
それは俺が訊きたい。一体、菜摘未は何を考えているのか益々混迷を極めた。
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