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第九十二話
高校生になるまでは何を考えて居るのか分からない子だった。それを十和瀬に一度訊ねた事があった。
ーーあれは口数が少なく見えるが、その分かなりのお前の事を鋭く観察している。
ーー何のために。
ーー俺たち兄弟とは相容れない人物だと観ているんだろう。
「十和瀬は余りにも抽象的すぎて具体的にはなにも指摘しないから、その頃はぼんやりとしか菜摘未は解らないが、大学生になった頃からいやに積極的に俺の前で振る舞うようになってもそんな戯けた身振りは一度も見せなかったんだ。だから境田さんは特別視されてないのか?」
「特別視? 他に何か菜摘未さんの癖とかあるんですか?」
彼女は負けん気が強い。それは競技でなく、心、気持ちの問題だ。こうした方が美しく観える。こう囁いた方が人の耳には心地良く伝わる。こう説得すれば人は頷いてくれる。そう言ったものを菜摘未は心得ているんじゃないか、同じ屋根の下に居る十和瀬さえその判断がつきにくい。それは全ての価値判断が受け取る人に依って違うからだ。在る人は心地よくても在る人にはつまらなく見える。恋と謂うのもそんなもんだ。人はそれぞれ変わらない目標、信念がある。その人に関心を持つのなら、その信念を掴めばいい。
「彼女が何を欲しているか、それは無意味な行動にもある。それを見極めれば、自ずと恋は引き寄せられる」
俺の目の前で戯けて役者の真似事をするのが、特別視って言うのなら、そんな菜摘未さんが目標とする恋って何なのだろう。
「菜摘未さんがする癖でない無意味な行動ですか?」
「思い当たる節があるのか?」
「例えば猫です」
何だそれはと変な顔をした。構わず境田は続けた。
「まあ可愛い」
と彼女は手招きして捕まえて暴れ出すと、ネコの首筋を掴み「可愛くないわね」と塀の向こうへ投げ捨てた。
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