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第九十三話
「それは大変だッ」
「まあネコは逆さに落としても身軽に元の姿勢に戻して反射的にそのまま足から着地しますから大丈夫です」
問題は此の行動も、無人駅で魅せた菜摘未さんの悪戯っぽい表情と変わらない。それでは彼女の性格が計り知れない。
「それは俺でも解らん。それより大変なのは、猫でなく菜摘未だ。彼女は今まで猫どころか犬にまで見向きもしなかったんだ」
「エッ! 動物嫌いなんですか?」
「別に動物愛護の精神は在ると思うが、好き嫌いと言うより人間以外には安らぎを求めない、つまり構って遣るのが面倒なだけだ。だから毛嫌いしていないだろう」
「そう言われればそんな顔付きにも見えました」
「それにしてもいつも遠巻きにして穏やかに眺めている菜摘未が、そこまでするか。思うに君への見せつけかもしれん」
「何のために?」
小谷はニヤリと笑うと「あたしに気に入られなくなれば惨めなものよ」と言いたいのかも知れない。
「彼女はどこまでも勝利の美酒に酔い痴れるために行動する。例えばどんなに邪険に扱っても、それが恋だとその人が受け取ってしまえばそれで恋は成立する」
「そんなの嫌ですね」
「難しく考えても恋は恋なんだ。そう思えばそんな相手を選ばないことだが、一度魅了されたら損得も利害も超えて仕舞うからなあ。そんな風に思われた相手は冥利に尽きるか疫病神に付き纏われるかどっちかを選択するしかない。それが恋なら紅蓮の炎が尽きるまで生死を共にするしかないのだ」
我が身が燃え尽きるまで続く愛。だけどこれは理想だ。と小谷はポツリと囁いた。
境田は眼を合わさないように、淡々と語る小谷を眺めた。
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