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第九十五話
「それで十和瀬酒造の方はどうなんです」
「どうって?」
ウッ、何だこれは。何の調略もやってないのか? まさか。
「会社には話したんでしょう、千夏さんは何て言ってました」
「家についてよく知らないあなたが、何でお義姉さんの事を訊くの?」
「小谷さんに依ると此の話は千夏さんが適任と言われました。彼女さえ了解すれば会長や社長を説得しやすいって」
そうなの? とあたしは無視されたのか、と意外な顔をされた。
「それってあたしではダメってことかしら」
「その辺の会社の内部事情は知りませんから何ともはや……」
「それもそうね、此の半年間は全くご無沙汰でしたもんね。それ以前もそうだけれど」
「あの〜、それなんですが」
そのあいだはずっと菜摘未さんは会社のことしか頭にないのかと気になった。
「僕のことは眼中にないんですね」
「今は会社のことしか頭から離れないのは仕方ないでしょう」
と彼女は当然と思われる卑屈な笑いを噛み殺すように言った。
少しトーンを抑えてくれたのが救いだ。それも俺が今暴走されたら困るからだろう。しかし会社のためと言っておきながら、全く根回ししていないのはどう言うわけだ。阿修羅に戻されても訊くべきだ。
「千夏さんは何て言ってました」
「まだ話してないのよ」
矢張りそうか。躊躇いもなくもう一押しした。
「まだ未知数なのにどうして俺から小谷さんに頼むんですか」
「まだ試行段階だから先ずは販売先が了解していればあたしとしては纏めやすいでしょう」
「でもこれは向こうの提案でなくこちらからの注文でしょう」
「今わね」
しかしまだ冷静さを保っているのは、本当に十和瀬酒造の事を考えているのか? もうなりふり構わず追求するまでだ。それで彼女がぐらつけば、今ならこの半年間の冷却期間の鬱憤を晴らせて、恋も今より悪くならずに彼女の気持ちの中に割り込めるだろう。
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