第九十六話

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第九十六話

「じゃあこれから店に戻って千夏さんに話しましょう」  この予定外の境田の行動に彼女はたじろいだ。こうなればどこまでも彼女が音を上げるまで食らい付く。 「ちょっと待って、なにもそう慌てなくても。まだ景品の見積もりが出てないのよ」 「エッ! まだですか」 「だってまだやるかどうか決まってないでしょう」 「今は景品の仕入れ値段が大きく左右されるのに、商談をするのはそれからでしょう。だから小谷さんは色よい返事をしても上層部にはまだ話してないんですよ」 「エッ! じゃあ此の話は小谷さんで止まっているの?」  当然と言わんばかりに、境田はもっと煮詰めてから話すべきだと言い寄ると、明らかに菜摘未は戸惑っている。 「じゃあどうして菜摘未さんは僕に頼まずに直接小谷さんに相談しないのです」  それは、と彼女は返事を濁らせた。おそらく彼がこんなに話を進めるとは思わず、菜摘未にすれば境田は、あくまでも小谷との繋ぎ役に徹すると予想していた。が全く無関係な境田の仲介で、商談が大まかでも動き出すとは予想していなかった。 「たまたま思い立った時にあなたが来たからよ」  嘘だ。誤魔化している。矢張りこれは小谷の気を惹くためのおとり作戦だ。 「第一にどうして今まで会社にはほとんど関わらなかった菜摘未さんが急に僕の顔を見て直接関わるんですか」  こうなれば単刀直入に切り込むしかない。  「うるさい! あんたには関係ないでしょう」  これには驚いた。菜摘未は今、否定した彼に、大事な役割を任していたからだ。
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