第九十七話

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第九十七話

 菜摘未の暴言には驚いたが、その顔は阿修羅にはほど遠い。もう成りきれないと読んだ境田は、怯むなと言い聞かせて、焦る気持ちに鞭を入れた。 「どうしたんですか突然怒鳴るなんて、ここ最近は見かけなかったのに……」 「だからそれがウザいのよ」  その顔はまるで仏師が途中から「俺は何をしてたんだ」と気付いて阿修羅像に入れていたノミを当てる場所が微妙に彫り違えて、とがった面に交錯して丸みを帯びてゆく。菜摘未の顔も丁度そんな具合だ。 「でも、はやる気持ちとは裏腹に此の話はやはり千夏さんに持って行った方が得策でしょう」  本当に菜摘未は、会社の売り上げに貢献したいのなら、そうすべきだと忠告した。それでも此の話に彼女は中々乗ってこない。それどころか、何で小谷とそんな突っ込んで話を進めるのか。そればかりを追求された。 「でも話をしてこいと言ったのは菜摘未さんですよ」 「(まと)めろとは言ってないわよ」 「でも、外堀を埋めてと言われたけど……」  それは次の話に乗り易くするためで、埋めて地ならしまでするなんて。揚げ句の果てにあなたは社会への適応能力が高すぎると言われた。それって褒められているんだろう。じゃあどうして、もっと優しい言葉を掛けてくれないのか。それとも社会に馴染めないアウトローが好みって訳ではないのか、と訊いてみた。 「だって小谷さんはそのどっちにも当てはまらない。我存り(ゆえ)に我生きる、人ですから」  それって社会に背を向けてるんだ。 「それはわがままじゃないのか」 「わがままじゃない、信念を持って意見を通す人よ」  恋するとものも言いようで、相手の人格が変わって見える。その線引きは菜摘未さんの心の何処かに引かれている。その人に(あやか)りたい。
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