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10.騎士の憑かれていた思い(1)
「なあ、ブランカ、おまえもしかしてウィルヘルム殿のことが好きなのか?」
城内の相談事で父デイモンド子爵の書斎を訪れたとき、デイモンド子爵が遠慮がちに聞いてきたので、ブランカは面食らった。
「は? え!? いったいなんでそんなことに?」
しかし、デイモンド子爵はいたく真面目な顔をしている。
「だって、エステル姫とウィルヘルム殿を引き離そう引き離そうとしているじゃないか。客間だって一緒にすればいいものをわざわざ別室にするし。なんなら城の中でも結構離れた部屋をウィルヘルム殿に用意するんだから」
「結婚前の娘が男性と同じ部屋なんてダメに決まってます!」
ブランカは慌てて前回と同じ答えを口にする。
本当は、エステル姫が同室を嫌がるだろうと気を回してるんです、と言ってやりたい。
「エステル姫とウィルヘルム殿のお茶だって、必ずおまえが同席するじゃないか。お邪魔虫もいいところだ」
「それも、ちゃんと理由が──」
「ウィルヘルム殿がエステル姫を散歩に誘おうとしても、おまえが先回りしてわざとエステル姫に声をかけて二人で席を外してしまうし」
「あ、いやお父様、それは──」
「ウィルヘルム殿に聞くと、エステル姫からのお言葉はほとんどないんだそうだ。それは、間に立つおまえが全部揉み消しているとかじゃないのかね?」
「だから、それも──」
「とにかくね、ブランカ。その……わしには、おまえがウィルヘルム殿を好きだとしか思えないんだ」
ブランカは顔を赤くした。
「私がウィルヘルム様を好き? 大きな誤解ですよ、お父様!」
しかし、思い込みの強いデイモンド子爵には娘の訴えは届かない。
「でもなあ、ブランカ。ウィルヘルム殿はエステル姫をお救いなさった国の英雄だ。お二人の結婚は王様が約束なさっているのだよ。おまえに割り込む余地はないから。だから、その……。いや、それが分かっていればいいんだ。別に今のお前の気持ちまで否定する気はないんだから」
「はあ」
ブランカは脱力した。
勘違い中の父にこれ以上否定しても伝わるまい。
「お父様の仰ること、よくわかりました」
そうとだけ言って、それ以上は何も話す気になれず、ブランカはそそくさと父の書斎を後にした。
そのとき、デイモンド子爵とブランカの話を聞いている人影があった。ウィルヘルムだった。
ウィルヘルムはデイモンド子爵の書斎の前をたまたま通りかかっただけだったが、自分の名前が不意に聞こえてきたから思わず耳をそばだててしまった。
え? ブランカが自分のことを好き?
ウィルヘルムはたいへん驚いた。
ブランカはエステル姫と自分の関係をすごく心配してくれた。
あそこまで面と向かって言ってくれたことに、正直とても心動かされた。
自分はエステル姫との関係のことを見て見ぬふりしていたから。
ブランカがああやってはっきりと言ってくれたことで、なんだか憑き物が落ちたような気さえしたのだ。
憑き物……。
それは、魔物を退治した自分が姫を娶るという『おまけ』のことだった。
ウィルヘルムが生まれた土地は、王都からさほど離れていない村だった。山のふもとの大きくはない村だったが、湧き水が出るので村人はそんなには苦しくない生活をしていた。
しかしウィルヘルムが生まれた頃だろうか、水は十分にあるのだが、何やら畑の作物の穫れ方が悪くなってきた。草丈も低いし茎も細いし、作物はひょろひょろと見るからに調子が悪そうだ。
村人は口々に不安を言いはじめ、伝手を探して詳しそうな人などを呼んできたが、ちっとも改善されないばかりか収穫はどんどん減っていく。ついに収穫量が半分くらいに減ったとき、村長は領主に掛け合うことにした。専門家を派遣してくれ、年貢を軽くしてくれ、と。
しかし、領主はそもそもこんな小さな村に関心をあまり示さなかったし、ようやく陳情の機会が叶っても技術も金もないと首を縦に振らなかった。
村人たちは困り果ててしまったが、悪いことはもっと続いた。
どうやら隣の村でも2~3年同じようなことが起こっていて、さらにその向こう隣りの村でも作物の調子が悪くなり始めているというのだ。
広がっている──!?
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