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1.見知らぬ客
自分の城の中庭で、見ず知らずの美しい女性が優雅に花を物色していたのでブランカは目を見張った。
誰? ここは私の庭のはずだけど。
しかし、ブランカが何か発する前にその女性は麗しく微笑んだ。
「あなたがこの庭の主? 見事に育ててあるわね。色とりどりの大輪。あんまり素晴らしいので思わずこの庭に入り込んでしまったわ。どうぞ許してちょうだいね」
ブランカはその手つきにすっかり見とれてしまっていた。
透き通るような容姿も相まって、まるで花の女王か何かかのようだったから。
しかし、ブランカははっとすると、ごくんと喉を鳴らして、おずおずと聞いた。
「あの、どちら様でしょうか? お見受けするに、どうも普通の方ではないような……」
この女性の佇まいの見事さに気圧されて、何やらふわふわとした言動になってしまう。
でも、何となくこの女性のことはどこかで見たことがあるような気もするのだ。その不思議な感じが余計にブランカの頭を混乱させている。
女性は「まあ、ふふ」と笑った。
「普通の方ではないって何。私は人間よ。でもそうね、確かに普通じゃないわ。人間界に戻ってくるのは久しぶりなんだもの」
「はあ……?」
ブランカはそれでまた困惑してしまった。『人間界』って言った? 人間界に戻ってきたって、私はいったい何の生き物に遭遇してしまったのかしら?
その女性は、ブランカが困惑してコロコロ表情を変えるのが面白かったようだ。手を口元に当てて、もう一度笑った。
「急にお訪ねしてしまい、お城の皆さまにもご迷惑をおかけしているわ。えっと、まだ聞いてない?」
ブランカは首を傾げた。「聞いてない?」って言われても。
しかし、その時ふとブランカはさっきから何かしら城が騒がしかったのを思い出した。
侍女たちも何やら呼び出されて慌てて小走りにブランカの部屋を飛び出して行ったのだ。それで急に一人っきりになったブランカは暇を持て余して庭に出てきたというわけなのだから。
ブランカが女性の次の言葉を待っているように見えたので、その女性は気持ち真面目な顔をしてはっきりとした口調で自己紹介した。
「私の名前はエステル。ずいぶんと長いこと魔物に囚われていたの。このたびある騎士が私を救い出してくださって、それで今は王都に帰る途中なの。王都に帰る途中にこちらのデイモンド領があったので、手助けしてもらえないかとちょっと立ち寄らせてもらったというわけよ」
ブランカはぎょっとした。
「あなたがエステル姫!」
エステル姫はこの国の王様の一人娘。
もう10年も前になるだろうか。
王都に突然出没した強大な魔物によって幼いお姫様が攫われてしまったと聞いた。
その時のことはブランカも幼かったからあまり記憶がない。
でも当時、「中庭でも一人で出てはいけません」とか「外は魔物がいっぱい」とか、両親や使用人たちに口を酸っぱく言われたのは何となく覚えている。
話に聞く限りだと、当時は大掛かりな魔物の討伐隊が組まれ、お姫様を取り戻すべくたくさんの騎士が旅立っていった。しかし討伐隊のうち怪我や病気で途中離脱した者が戻って来るだけで、その魔物の根城まで辿り着けたという者は一人も帰ってこなかったし、ましてやお姫様の消息に関して情報を入手できたものはただの一人もいなかった。
途中離脱した騎士たちの話ではよほど過酷な旅路だったことが窺え、その冒険談は多くの市民の語り草となった。しかし結果としては特段目ぼしい成果は得られなかったことから、この件のことは何だかタブーのような扱いになり、それ以降あまり大っぴらに語られることはなくなった。それにもう10年も経つと、誰も大きな声では言わなかったが、攫われたお姫様はもうきっと亡くなっているに違いないと思われていた。
ただ、お姫様を探し出すと言えば王様は私的な財産から喜んで騎士たちを応援したのだそうで、「我こそは」と思う騎士が魔物討伐に旅立っていくのは、定期的に見られる光景だった。
そうして10年も経ち、そのお姫様が生きていたとは!
助け出した騎士がいたとは!
何とめでたい!
これは国を挙げてのビッグニュースだ!
ブランカは胸が熱くなるのを感じた。
「これはこれは、エステル姫様! 初めてお目にかかりますのでだいぶ無礼を申し上げたと思いますが、お許しください」
ブランカはひれ伏した。
「ああ、そんなに畏まらないでちょうだい。私を助けてくれた騎士が偉いのだから」
「あ、そうか、騎士様もいらっしゃるのですね。その騎士様は今どちらに」
「あなたのお父様とお話しなさっているわ。あなたのお父様ったらとっても興味津々のようで、ウィルヘルム様、あ、助けてくださった騎士様のことね、をちっとも離さずに質問攻めなのよ。だから私はちょっと席を外させてもらって、こうして息抜きに」
そうしてエステル姫は気さくに腕を広げてリラックスした表情を浮かべた。
ブランカは目を輝かせた父の顔を想像して苦笑した。
少年のようなところを残したあの父なら、騎士様の冒険談に食いつかないはずがないと思った。
「根掘り葉掘りで騎士様がうんざりしていないかが心配ですわ。でも皆が興味津々だと思います。姫が生きておられたなんて! どれだけ王様がお喜びなさることか」
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