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11.騎士の憑かれていた思い(2)
それである日、ウィルヘルムの祖父がどこぞで魔物を一匹捕まえてきて、鍬で殴り殺して山に埋めた。祖父は次の日高熱を出して一日じゅう呻き、そしてその次の太陽が昇る前に死んだ。しかし、不思議なこともあるもので、その後から何やら作物が元気になってきた。
ここ数年の不作が何だったのかという具合に、その年から作物がしっかり穫れるようになったのだ。
それ以来、村はまた豊かな土地に戻った。隣の村も、その向こう隣りの村も、収穫が戻ったと聞いた。同じことがどこまで広がろうとしていたのかは分からないが、幸いにも何かが広がる前にくい止められたのかもしれない。
ウィルヘルムの祖父が一体どういう理屈で魔物を打ち殺して埋めたのかは、誰にも分からない。祖父は何も語らず呆気なく死んでしまった。
しかし、ウィルヘルムがあとから祖母に聞いたことでは、祖父は村のために自分が汚れ役になる悩みのようなものを祖母に打ち明けていたらしい。
そして、祖父が悶絶しながら死んだその日の晩、この国の幼い姫が魔物に攫われたとのことだった。
もちろん、タイミングが重なったとはいえ、こんな小さな村で一匹の魔物が惨殺されたことと、一国の王女が攫われたことに、何か関連があったとは考えにくい。
しかし、まだ幼年だったウィルヘルムの中で、この二つの事件は大きな意味を持った。
ウィルヘルムは、祖父が村のため、ひいては近隣の村、もしくはこの国全体に広がろうとする何かをくい止めるため、自分を犠牲にして事を為したものだと信じた。
そして、幼い姫が攫われたのは、もしかしたら祖父の非道な行いに対する魔物の報復か何かなのではないかと思いこむようになった。
少年のウィルヘルムは、血縁である自分に何か特別な役割があるのではないかと感じ、自分こそが魔物を退治し姫を救い出すのだと決めた。
そしていざ本当に旅に出て、旅路のあちこちに前任者たちの哀しい姿を見たとき、ウィルヘルムはその決意をもっと強くした。
彼らの死は何のため──? これは、あの日の祖父の行いの──?
やはり、やはり自分にはきちんと終わらせる義務があるのでは!
そして、こうして苦労の末、何とか魔物を倒し姫を救出、すべきことは終わったはずだった。
そうしたら、『おまけ』がついてきたのだ。
おまけとは『姫を救出したものに姫をやる』という王様の約束のことだ。
ウィルヘルムには彼の中だけの壮大な使命があったので、エステル姫との結婚のことは初めはどうでもよかった。
しかし、いざ魔物を倒してエステル姫を救出したとなったとき、この姫が自分の妻になるのかと思うと有頂天になった。
エステル姫は見た事がないほど美しかったからだ。
ウィルヘルムはそれが本当に嬉しくて仕方がなかった。
それ以降、ウィルヘルムには、エステル姫を妻にできるという想いがずっと付き纏っていたのである。
しかし、喜びも束の間、何だか思ったような展開にはならなかった。エステル姫の返事はいつも素っ気なくて、姫が自分を好いているようには見えなかったのだ。
でも王様の約束だし、夫婦になれるものと思って、少しでも関係を改善できないかとエステル姫に色々声をかけた。
それでもエステル姫との距離は縮まらない。
そんなとき、ウィルヘルムが何となく不安に思っていたことを ブランカ嬢がズバッと言い捨ててくれたのだ。
そう、本当に憑き物が落ちたような気がした。
しかし、あのブランカ嬢の言葉の陰には自分への気持ちがあったということなのか?
『やめとけばいいのに、あんな女』というブランカ嬢の言葉。
あの言葉は。
単にエステル姫がウィルヘルムに気がないことを教えてくれるだけではなく、つまりブランカ嬢の気持ちを表していたのだろうか。
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