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12.別に、姫と一緒にならなくてもいいのだ──
エステル姫を娶れるものだと信じ込んでいたから、姫以外の女性の好意というものを考えもしなかった。
祖父の引き起こしたひとでなしな悪事を、自分はちゃんと終わらせたのだから。自分の役目は果たしたのだから。
『おまけ』まで欲張る必要はないのかもしれない。
ブランカ嬢の気持ち云々というのは急すぎるとはいえ、もう少しこれからの自分の人生は幅広い選択肢を考えてもいいに違いない。
そんな風に考えると、ウィルヘルムは少し気が楽になった。
エステル姫の態度に連日けっこう苛まれていたようだ。
そうだ、別に、エステル姫と一緒にならなくてもいいのだ──。
ウィルヘルムは何だか急に明るい空が見たくなった。
それで、中庭の方へ歩いて出た。
するとそこには、さっきどっかに行ったはずのブランカが別方向から歩いて来るのが見えた。
ウィルヘルムは先日のブランカの忌憚のない意見に対して礼を言おうと思った。
「やあ、ブランカ様。先日もだけど、いろいろ心配してくれてありがとう」
ブランカはぎょっとして、気まずそうな顔をした。
「ええと、その話はちょっと──」
ウィルヘルムはブランカの及び腰を吹き飛ばすように微笑んだ。
「ブランカ様の仰る通りでね、なんだか、エステル姫への思いは一方的な気がしてはいたんです」
「は、はあ」
ブランカはウィルヘルムの真意を推し量れず、生返事を繰り返している。
ウィルヘルムは構わず続ける。
「エステル姫は私のことをあんまり大事にしてくれないなと思っていました。話しかけるのもいつも私の方でしたしね。向こうは私の質問に返事をするだけ。旅路でも、食事はどうしますかとか、寝る場所はここになりますとか、なんか私が一方的にお世話をしている感じでした。なんだか結婚する二人の関係ではないですよね」
「え、ええ……」
ブランカはまだひやひやした顔をしている。
「王都への帰還パレードも彼女はあんな調子で一人張り切っているでしょう? 私の話なんか聞く耳持ちません。最近ではデイモンド子爵の支援ではまともなパレードは難しいから、もっと王宮中央の大貴族を頼るべきだ、と公言して憚らないようですね。私にはそんな恥知らずな広言は考えられません。ブランカ様のお耳にも入っていますよね?」
ウィルヘルムはやや怒気を含めた声で尋ねた。
ブランカの方はすっかり気圧されている。
しかしウィルヘルムの真っすぐな眼差しに観念したように、
「え……っと、どうもエステル姫は私たちみたいな辺境の田舎貴族を信用していないようでして……。流行最先端とかカッコよさとかの拘りなんですかね? それで今、あっちこっち王都の有力貴族たちに手紙を書いているみたいで、その返事次第では私たちは関与しなくてもよくなるかも、とのことです……」
とぽつぽつ答えた。
ウィルヘルムは目を鋭くした。
「何ですか、流行最先端というのは。すでに討伐隊含めたくさんの犠牲が払われているんだ、感謝の気持ちは──? それにデイモンド子爵家にはこれだけ世話になっておいて?」
「……エステル姫のお考えは、私にもよく分かりませんわ」
ブランカは泣きそうな顔をした。
「ねえ、ブランカ様。あなたは私と話すとき、ずっと言葉を選んでいる。気になっていました。私に言いにくい何かを隠しているんじゃないですか?」
ウィルヘルムがずばりと聞いた。
ブランカは咄嗟に迷った顔をした。
ウィルヘルムはそれを見逃さなかった。
「ほら、聞いているのでしょう。もう言ってしまってくれませんか。あなたが本音では『あんな女』と言うほどの──」
ブランカは項垂れた。それから躊躇いがちに、
「では申し上げます。……エステル姫は、ウィルヘルム様がご自分に相応しくないとお思いなのだそうです」
と小さな声で言った。
「相応しくない?」
ウィルヘルムは驚いた。
確かに、爵位も持たぬ一介の騎士だが、王様の約束の手前、まさかそこまで言われているとは思っていなかった。
「ブランカ様、けっこう、直球で聞いていたんですね」
ウィルヘルムは呆れた。
ブランカが申し訳なさそうに縮こまっているので、ウィルヘルムは逆にブランカが気の毒になった。
そこまで聞いてたブランカの前で、ウィルヘルムはずっと一生懸命エステル姫をフォローし続けていたのだから。それは気を遣うに違いなかった。
「巻き込んで申し訳なかったです、ブランカ様。これは、ちゃんと自分で解決しますので」
ウィルヘルムは優しい声でブランカに言った。
ブランカは少しほっとしたような顔をした。
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