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14.手を引かせてもらう
ああ、それがエステル姫の魂胆か!
ブランカは気持ちを落ち着かせて、諭すように言った。
「エステル姫。それでは何やら趣旨がずれてしまいませんでしょうか? ウィルヘルム様がエステル姫をお救い申し上げたのでございますから、お二人で王都に帰還されるのが筋かと思いますよ」
するとエステル姫はせせら笑った。
「王都にはそうかもしれないけど。私が一人で先に行くのは宰相のシェフィールド公爵家よ。あら、言ってなかったっけ? シェフィールド公爵から返事があったの。王都への帰還パレードはシェフィールド公爵家が全力で開催してくださるって。今を時めく宰相家だもの、王都の流行は知り尽くしているはずよ、だからパレードの準備も安心して頼めるわ。ブランカたちにはシェフィールド公爵領までの道のりのサポートをお願いするわ。護衛もね。とりあえず、私一人で行くわよ。ウィルヘルム様は衣装が間に合わないんだもの、仕方ないでしょ」
そのとき急にアリアーナが立ち上がった。
手には裁ちばさみを持っている。
「あっ! ダメよっ!」
ブランカはアリアーナを止めようとした。
ブランカは、アリアーナがエステル姫に危害を加える気なのだと思った。だからブランカはエステル姫を背で庇うように立ちふさがたのだった。
しかし実際は、アリアーナが断ち切ろうとしたものは、彼女が仕立て屋と手がけたばかりの白いエステル姫のドレスだった。
ウィルヘルムの衣装の傍に置いてあったのだ。
「あっ!」
ブランカとエステル姫は同時に叫んだ。
しかし、一歩出足が遅れたブランカの目の前で、ドレスは真っ二つに切り裂かれてしまった。
「何をするの──」
エステル姫が顔面蒼白で、怒りにわなわな震えている。
シェフィールド公爵家まではそのドレスを身に着けるつもりだったのだ。
しかし、アリアーナはヒステリックな声で喚いた。
「ダサい服と思ってるんでしょう! 王都へ着ていくのは憚られるって! しかもウィルヘルム様とお揃いなんて死んでも嫌なんでしょう? ええ、私の仕事は不十分で、ちっとも姫の満足を得られるものではありませんでした!」
そこまで言ったとき、誰かが大股で近づき、アリアーナの頬を平手打ちした。
大きな音がして、アリアーナはふらふらとよろめいた。
アリアーナは何が起こったか分からない顔をして、咄嗟に打たれた頬に手を添えた。
打ったのはウィルヘルムだった。
ウィルヘルムは青い顔をしていた。
ブランカもエステル姫も、ウィルヘルムの突然の登場にぎょっとした。
どこからどこまで聞いていた──?
しかしウィルヘルムは、ブランカとエステル姫の狼狽などわざと素知らぬ顔をして、
「アリアーナ。あなたには私から直々に罰を与える。後ほど沙汰を出すから覚悟していなさい」
と低い声で言った。
アリアーナはごくりと息を呑んだ。
そして、何か覚悟したように、二組の切り刻まれた布切れを抱え、俯いたまま部屋を飛び出して行った。
「ウィルヘルム様……」
ブランカは狼狽えていた。
ウィルヘルムはすっかり諦めた顔をして、苦笑いでエステル姫を振り返った。
「エステル姫。明日にでもシェフィールド公爵領へお立ちになるとよろしいでしょう」
「あ、いえ、衣装が……」
エステル姫は困惑した声で反論する。
ウィルヘルムは諭すように言った。
「エステル姫。シェフィールド公爵領まではこっそり行けばよろしいではありませんか。パフォーマンスは王都に入るところだけで十分でしょう。そこはシェフィールド公爵家様が手配してくださる。計画を練り直しなさいな。私はこれできっぱり手を引かせてもらうから」
「ウィルヘルム様──?」
エステル姫が驚いたような、ほっとしたような声を出す。
「……」
ウィルヘルムはため息をつき軽くエステル姫を一瞥すると、無言で部屋を出て行こうとした。
ブランカはその寂しそうな背中に、もう言葉もない。
ウィルヘルムはぼそっと一言呟いた。
「こんな女、こちらから願い下げだ。人生を賭けた冒険の最後に、なんとまあ最低なおまけがついていたことよ」
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