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15.姫を追い出す
ブランカは慌ててウィルヘルムを追いかけた。
「ウィルヘルム様!」
ブランカはよほど情けない顔をしていたに違いない。ウィルヘルムは困った顔で振り返った。
「追ってこないでくださいよ。かっこ悪いところを見られたなあ」
「かっこ悪くなんか……でも本当によかったんですか?」
「エステル姫はやめとけと最初に言ったのはそっちじゃないですか」
「まあそうですけど……」
ブランカは言葉を濁す。
ウィルヘルムは自分に納得させるようにため息をついた。
「こんなに雑に扱われてはね。結婚は一生のことですから。こんなに疎まれていては、幸せ要素ゼロじゃないですか」
「でも王様になれたかもしれないわ」
「ははは。王様は確かにそうそうなれるもんじゃないからなあ。一生に一度くらい王様になってみてもよかったかなあ」
ウィルヘルムは悪戯っぽく笑った。そして、ぽつんと吐き出した。
「エステル姫はとにかくご自分のことしか考えていないようだ。王都に帰還するのにパレードって何なんでしょうね。私だったら、とにかく一刻も早く帰って、あったかくおかえりって言ってもらえる方がよっぽど嬉しいんですけどね」
ブランカも肯いた。
「ええ、そうですね。大変でした、お疲れ様ってね」
ウィルヘルムは微笑んだ。
「いいですね、『お疲れ様でした』も言われたいセリフです。はは、私はこう見えても、頑張ったんですから」
そして二人は顔を見合わせてふふふと笑った。
ウィルヘルムはそれから急に畏まった顔をした。
「ブランカ様。実は私はあなたの気持ちを聞いてしまったんです。だいぶ驚いて、……でもやっぱりね、聞いてしまった以上、気にしないわけにはいきませんでした。……エステル姫よりよっぽどブランカ様の方が気が合いそうだと」
「え、何のことですか!?」
「え? だから、私のことを想ってくれていると?」
「え、どうして……あっ! まさか父のあれですか!?」
ブランカは顔を真っ赤にした。
まさか、この流れで「誤解です」とも言えず──。
なんで私はこうも何かに巻き込まれるのが得意なのかしら?
しかし、ブランカはさっきのウィルヘルムの毅然とした態度に、まんざらでもない気がした。
「ウィルヘルム様、なんか私たち、出会い方間違えましたか?」
「ホントですね。どこからやり直したらいいんだろう。とりあえず女にフラれるところとかを見られるのは勘弁してほしかったかな」
ウィルヘルムはきまりが悪そうな顔をして苦笑した。
ブランカも笑った。
「えー? さっきのはあれでよかったと思いますけど」
「あれでって──あっ!! アリアーナ! 忘れてた、急いで行ってやろう。今頃きっとどんな罰を与えられるのかと震えているに違いない。……これまでの苦労を労わってやらないと!」
ウィルヘルムの言葉にブランカはほっとした。
「よかった、労わってやってくれるんですね。アリアーナがエステル様の衣装を切り刻んだのは間違いありませんから、本当に罰するんじゃないかと冷や冷やしていました」
「しませんよ。エステル姫なんかに振り回されて気の毒でしかない」
ウィルヘルムが同情するように言うので、ブランカは笑ってしまった。
「ああ、エステル姫の出立の準備もしなくちゃね。お父様にも段取りが変わった事を言わないと」
「デイモンド子爵のことですから、エステル姫の出発時には塩でも撒きそうですね」
「違いないわ」
二人は顔を見合わせて笑った。
そこからは大忙しだった。
話を聞いたデイモンド子爵はすぐにシェフィールド公爵家に使者を送った。『エステル姫は万全の体制でお送りいたします、後は全てそちらにお任せします』という体の良い押し付けの手紙だった。
シェフィールド公爵家の方はデイモンド子爵家の思惑までは分からないから、エステル姫という大いに政治利用できそうなカードを手に入れることができそうでほくほくしていた。
エステル姫の帰還パレード! ここで恩を売っておけば、後々色々な場面で融通が利きそうだ!
そして全権を譲渡してくれようとするデイモンド子爵は、きっと自分たちに媚びているのだと思い、今後デイモンド子爵家のことはいろいろと面倒を見てやるから遠慮なく言ってきなさいと約束してくれた。
エステル姫はアリアーナの無礼には憤慨していたけれど、ウィルヘルムとの結婚は無しになったし、シェフィールド公爵家への移動はスムーズいきそうだし、なんだか全て自分の思い通りに進みそうな気配を感じてほくそ笑んだ。
アリアーナの無礼の分もデイモンド子爵が挽回してくれようとしているのだと大変好意的に解釈し、
「ブランカ、あなた方も反省しているのね、この城での不備は全部不問にしてあげるわ」
とふんぞり返って言った。
ブランカは恭しくそのお言葉を頂戴し、馬車に食料やら身の回りの物やらできるだけ上等なものを選んで詰め込んで、最後に城一番の値の張るワインを餞別に包んでやった。
こういった気遣いにはエステル姫もだいぶ機嫌をよくして、「なるほどブランカも可愛いところもあるじゃないの」と勝手に感心し、「あなた方の“謝罪”を受け入れるわ」と言った。
手を引くと決めた以上迅速こそ最善。
デイモンド子爵の家中は夜通し働き、エステル姫にはあらゆる便宜を図って、盛大に見送ったのだった。
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