16.婚活の闇

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16.婚活の闇

 一方、シェフィールド公爵家の方は、エステル姫をうまく扱えたようだ。  エステル姫の帰還パレードは盛大に(もよお)され、王都中の市民がパレードを一目(ひとめ)見ようと大通りに詰めかけた。  ゴテゴテの高級馬車、流行最先端のドレス、パレードの道もめいっぱい飾り付けられていた。  旗振り役に、音楽隊に、姫を護衛する屈強な兵士たちにと、パレードはいつまで続くかというくらい連なった。  市民は皆目を見張って、一生に一度見られるかどうかの光景を心から楽しんでいた。  ただ市民の関心はもう一つあった。それは「魔物をやっつけ、姫を助け出した騎士」のことだ。しかも王様は「姫を救い出した者に姫をやる」というお()れを出しているのだ。  エステル姫を助け出した騎士は、『自分の身分では姫には相応(ふさわ)しくない』と辞退したことになっていた。  またパレードへの出席も『自分一人が目立ちたくない』と辞退していた。  これは、魔物討伐の成功は自分一人の力ではなく、足跡を残してくれた過去の討伐隊の者たち全員の功績が(たた)えられるべきだという理由からだった。シェフィールド公爵には全ての討伐隊参加者が賞されるようなパレードにしてもらっていた。 (※シェフィールド公爵はウィルヘルム本人の出席を強く要請したが、同列に並ぶのを嫌がったエステル姫の後押しもあり、パレードへの欠席が認められた。)  しかし、なんという謙虚な騎士だろう!  こうも表に出てこないと、逆に興味が湧く。  人の口に戸は立てられぬ。姫を助け出した騎士がデイモンド子爵領に(とど)まっているという噂はすぐに流れ、デイモンド子爵領にはたくさんの記者が押し寄せた。  皆、“身の程を(わきま)えた勇敢で謙虚な騎士”に興味津々だったのだ。  どんなに立派な人物なのだろう、そんな人物こそエステル姫と一緒になるのに相応(ふさわ)しいはずなのに──!  しかし、記者たちが耳にしたのは、騎士ウィルヘルムがデイモンド子爵令嬢と婚約したという予想を裏切るニュースだった。  記者たちは憤慨して、ブランカ・デイモンドを()(ざま)に書き立てようとした。ブランカ・デイモンドが、エステル姫が本来結婚するはずだった騎士を横取りしたというストーリである。  しかしそのストーリは最初から破綻していた。  エステル姫自身が、ウィルヘルムとの破談を確固たるものにするべく、ウィルヘルムとブランカの婚約を両手を上げて祝福したからだ。それに、エステル姫が帰還するとき、かっこつけるために、デイモンド子爵家からもあらゆる歓待を受けたと明言してしまっていた。  記者たちは苦し(まぎ)れに、『勇敢で責任感の強い騎士は、魔物の報復に備えて未開の地への玄関口にあたるデイモンド子爵領に(とど)まっている』と断じた。そして、『その騎士をデイモンド子爵家の令嬢が支えようと決心したのは自然で喜ばしいことだ』と。  果たして、王家の姫と結婚する権利を潔く辞退した若い騎士と、その騎士を射止めた田舎の令嬢は(はか)らずも株を上げることとなり、全国民が祝福することとなった。  さて、エステル姫の婚活はと言うと、婚活自体は大成功だった!  彼女は、身分・財力・知力・女性人気の全てを兼ね備えた王都一のイケメンプレイボーイと結婚したからである!  なあに、救い出された悲劇の美人王女ともなれば、恋愛カースト最上位の男だって赤子の腕を(ひね)るも同然。とんとん拍子(びょうし)で話は進んだ。  しかし離婚の方も呆気(あっけ)なかった。  プレイボーイはエステル姫自身を愛していたわけではなかったし、エステル姫もプレイボーイの人となりなんてあまり興味がなかったので、夫婦の信頼関係がスムーズに築けなかったからだ。  王都一のイケメンプレイボーイとの破局は、そもそもこの結婚に懐疑的(かいぎてき)だった社交界の貴婦人たちの間で、相当話題になった。 「やっぱりね、あんなドラマチックな事情をお持ちのエステル姫にだって、あのプレイボーイを繋ぎとめるのは無理な話よ」  エステル姫の方も、社交界の貴婦人たちの陰口(かげぐち)はだいぶ(こた)えたらしい。 「遊び人なんて、奇跡の姫である私には相応(ふさわ)しくないわ」 と虚勢(きょせい)を張るので精いっぱいだった。  市井(しせい)では、魔物を倒した騎士ウィルヘルムの人気は今も衰えていない。  辺境の田舎で、最愛の奥様と仲良く慎み深く暮らしておられる、と美談で語られ続けている。  エステル姫は、王様に、 「姫や、あの騎士と結婚しておけばよかったのに」 と言われるのが一番の苦痛だった。  エステル姫は躍起(やっき)になって、自分にふさわしい相手を求め続けた。  大貴族出身、洗練された物腰、仕事ができて、教養高く会話も面白い、長身でイケメンで女性に人気、だけどめっちゃ真面目な(※元旦那とは違う)高スペック男子が、私のことを愛してくれるはずよ──!  だって、私は(さら)われていたところを勇敢な騎士に救い出された悲劇の姫なのよ──!  しかし、真面目男子ほど、あまり話題性だけで相手は選ばないだろう……。  特にプレイボーイとスピード離婚なんかした姫なんて、遠巻きに眺めるくらいで十分かも。  エステル姫が真の幸せを見つけるのは、少々骨が折れることとなりそうだ。 (終わり)
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