4.あの騎士、私にふさわしくないの

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4.あの騎士、私にふさわしくないの

 ブランカは面食らってしまった。  長らく魔物の世界で暮らしていて、それでこの考え方というのは何なのだろう?  人間界に戻れただけでありがたい、魔物の世界で10年も暮らした自分を嫁にもらってくれる男性がいるだけよかった、とはならないのだろうか?  それとも、逆なのだろうか。  過酷な環境で暮らしていたら、そんな『全ての不幸を相殺(そうさい)するほどの幸せ』がきっと待っているとでも思わないと、生き抜くことは難しかったのだろうか……?  そこまで思ってから、ブランカはふるふると頭を振った。  相手は王女様、しかも特殊な状況に置かれていた方。かたや自分は辺境の田舎令嬢で、王都暮らしが馴染めず領地に引っ込んでいる平凡人間。そもそも考え方は人それぞれで、何でも理解できると思う方が間違っているのかもしれない。  ブランカは確認した。 「ウィルヘルム様は、エステル姫から見ると洗練はされてないってことですかね?」 「そうよ。見た目で分かるじゃない。(まと)っているマントはぶ厚いし、服だってゴツゴツしているし、とっても色味が地味なのよ」  ブランカはそれには少し反論した。 「まだウィルヘルム様を拝見しておりませんから何とも言えませんけど、もしかしたらそれは機能的と言うのでは? 防寒、防備、隠伏(いんぷく)など意味が──」  そうブランカが言い終わらないうちに、 「機能的な物にだっておしゃれな物がいっぱいあるわ!」 とエステル姫はキッと睨んで否定した。 「それにね、ウィルヘルム様ったら、魔物の森からの帰り道、私に地べたで寝ろと言うの。森の真ん中にベッドがないことくらい私だって承知しているけど、でも、もしかしたら少し探せば木こりの小屋があるかもしれないし、放置された砦とかもあるかもしれないじゃない? 私のために、そういうのを探す努力くらいしてくれてもいいと思うのよ。そういう気の利いたとこは一切(いっさい)ないわけ、あの人。中身もダメダメなのよ」  ブランカは正直共感できなかった……。  ええ……? そんなあるかないか分からないもの探すくらいなら早く森を抜ける努力した方がいい……。  しかし、エステル姫の愚痴は続く。 「食べものだってそうよ! 火を通してあるからって、うさぎだったことが丸わかりの肉なんてレディに勧めるなって話よ。腹が立ったから『私は果物だけでいいです』って言ったら、次の食事からは本当に果物しか渡してこないのよ、あの人! そうじゃないでしょ? 見た目の良くないうさぎ肉が(イヤ)だってことなのに! これだから愚鈍な男はイヤなのよ!」  エステル姫の口からは、こんな細々(こまごま)とした悪口が一生続くのではないかと思われた。  ブランカはもうお腹いっぱいになって、 「もうよく分かりました」 と観念したように両手を挙げて言った。 「やっと分かってくれた?」  エステル姫はぱあっと顔を明るくした。  何か誤解したままエステル姫はうんうんと(うなず)くとブランカの手を取った。 「ね? 女の敵でしょ? そんなウィルヘルム様に武骨(ぶこつ)なぎこちないエスコートなんかされてごらんなさいよ、『魔物に(とら)われていた王女には、やっぱりあれくらいどんくさい貧乏騎士がお似合いね』なんて意地悪を言われちゃうかもしれないじゃない。私まで一緒に笑われるなんて心底(しんそこ)耐えられないのよ」  ブランカはこの手を払いのけたかったが、表には出さず小さくため息をついた。  それから、なんとなくエステル姫はもやもやとした不安を抱えているんじゃないかと思った。  つまり、エステル姫だって、「自分は悲劇のヒロイン、みんな私に一目置くの!」と言っておきながらも、「だから、私の相手は誰が何と言おうとヒーローなのよ!」と開き直れる程には自分に自信がないのだ。  それは、さっきブランカが心の中で『魔物の世界で10年も暮らした女を嫁にもらってくれる男性がいるだけマシ』と思ってしまったこととたぶん関係している。『魔物に(とら)われていた』というのは人々の同情を集める反面、十分にエステル姫の価値を下げ()るからだ。至らない点があれば「やっぱりね」と周囲に思われてしまう。  エステル姫だって無意識のうちにそのことを察している。  それは、エステル姫のような他人の目を気にする女性には、確かに少し気の毒な気がした。  しかし、ブランカは、騎士との結婚は王様が約束したことなのだし、それに騎士の気持ちを思うなら、多少はきちんと前向きに検討するべきだと思った。 「命がけで助けてくれた騎士とお姫様の結婚っていうのは、最高のハッピーエンドだと思いますよ。身分を越えた愛! 国中の乙女(おとめ)が熱狂します」  エステル姫はブランカの言葉に露骨(ろこつ)に嫌そうな顔をした。 「え? だって騎士なら王族の姫を命がけで助けるのは当たり前だし、そんなことで身分を越えた愛が生まれるわけないじゃない。そんな陳腐(ちんぷ)な物語で熱狂するのは庶民だけよ」  ブランカは面と向かって『陳腐(ちんぷ)な庶民』のレッテルを貼られて苦笑した。  ダメだったか~。  ブランカはため息をつき突き放すように言った。 「でも騎士様が救い出してくださったのですから結婚しなきゃダメなんじゃないでしょうか」  しかしエステル姫は最後まで強い語調でブランカに食い下がった。 「そこんとこなんだけど、『不釣(ふつ)り合いだから』結婚(あきら)めるように、あなたからウィルヘルム様にそれとなく言ってくれないかしら?」  ブランカは(あき)れた。  あくまでも(あきら)めるべきなのは騎士側なのだそうだ。
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