7.エステル姫の要求の数々

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7.エステル姫の要求の数々

 あの日の失言からなんとなくウィルヘルムと気まずくなっていたブランカは、エステル姫とウィルヘルムのおもてなしには(つと)めて客観的に対応するように心がけていた。  もうあの日のような失言はするまい、という自衛の念である。  ウィルヘルムにもブランカの決心は伝わっていたと思う。  最初の日のような雄弁(ゆうべん)さはもうなくなっていて、なんとなくブランカを避けるような様子で、必要最低限の要求しか口にしなかった。  しかしエステル姫はというと、ブランカとウィルヘルムの余所余所(よそよそ)しさがどうも物足りなくて、それに対する不満ばかりをブランカにぶつけてきた。 「ちょっとー! そんなんで肝心なことをウィルヘルム様に伝えられるの?」  肝心なことというのは、『エステル姫にウィルヘルム様は相応(ふさわ)しくない』という勧告のことである。  ブランカからしてみれば、『ウィルヘルム様にブランカ姫は相応(ふさわ)しくない』と発言してしまってこんな余所余所(よそよそ)しいことになってしまっているのに「逆が言えるか」といったところだが、エステル姫の方は、そもそものブランカの失言を知らないので、自分の要求ばっかりぐいぐい押し付けてくる。  エステル姫の要求といえば、ウィルヘルムの一件だけではない。  エステル姫は食事一つとっても何やら意識が高いのか、あーでもないこーでもないと文句をつけてくるのである。いや、本人は文句のつもりではなく、好意で改善点を教えてくれているだけらしいが。  だが、そんな改善の提案は望んでいない者にとってはただの厄介(やっかい)な文句に聞こえる。ブランカはいい加減辟易(へきえき)していた。  何? 魔物の世界でいったい何を食べていたの!? そんな()ったものが出てくんの?  未開の地では果物ばっかりって言ってたじゃない。(まあでも、見てそれとわかるうさぎ肉にはNG出してたっけ。)  しかし、ブランカがこんな調子で適当にエステル姫の要求をいなしていたら、エステル姫は(らち)()かないといった様子で、城のコックに直接言いに行くようになってしまった。残念ながらコックも長年この地に暮らす田舎者で、エステル姫の要求する料理の説明が半分も理解できない。やがてコックも悲鳴を上げ、結局ブランカがエステル姫とコックの仲介に入ることになった。  なので、ブランカは毎食のメニューをコックと相談することになった。  衣装のことも、だ。  エステル姫は長旅でボロボロになった衣装を身に着けていたので、はじめはブランカの服を大急ぎで仕立て直してあり合わせた。しかし、さすがに王女ともあろう方にそんな衣装が続くのも失礼が過ぎると思ったので、並行してそれなりの衣装を急ぎ準備して差し上げた。が、もちろんそんなのでエステル姫が満足するはずもない。エステル姫は、「これは王都の流行に沿ってる?」とか「もう少し素敵な服を」などと遠慮なく言いはじめ、王都の流行などまったく関心が無かったブランカは困ってしまった。  ブランカがしどろもどろなので、エステル姫は町一番の仕立て屋を呼ぶようにブランカに言いつけた。  まあ、それに関しては、ブランカもエステル姫が『王都へのパレード』と口にしていたので、何かしらの衣装を仕立てる必要はあると思っていた。  しかし、ここは未開の地と隣接したいわゆる辺境地。  いったいそんな今風の流行ドレスを誰に頼んだらいいと言うの? 生地はどこで手に入れるの?  そこで、ブランカはあちらこちらの伝手(つて)を探り、王都から田舎に引っ込んできたという女を見つけ出した。  その女は、アリアーナという名前だったが、ブランカに探し出されたことを全く喜ばなかった。どうも田舎で静かに(つつ)ましく暮らしたかったらしい。アリアーナは「何で私を見つけた」と言わんがばかりだった。  しかし、ブランカがエステル姫の事情を必死に説明すると、あまりのことに目を見開いた。さらに、ブランカがウィルヘルムから聞いた過酷な旅路の話、なんなら「魔物討伐隊たちの無念」にまで言及すると、急に態度を軟化させた。  そして、「そういう事情でしたら、姫も騎士も国民の祝福を受けるべきだ」と納得し、渋々(しぶしぶ)「自分にできる精一杯のことをいたしましょう」と承知してくれることになった。  アリアーナは王都に暮らしていた頃のよしみなどを辿(たど)って、王都暮らしの仕立て屋を呼び寄せてくれた。また、仕立て屋の知り合いで、王都で宝飾品やら雑貨やらを扱っている商店の店主にデイモンド領まで来てくれるように頼み込んでくれた。  ブランカが感謝したのは言うまでもない! 「アリアーナ! ありがとう! あなたがいなきゃ()んでたわ」 「……なんで今更(いまさら)そんな王都風なことに関わらなきゃダメなのかって気分ですよ。こういうのが嫌だから田舎に来たのに」  アリアーナはまだ不満たっぷりだ。 「ごめんなさいね。私が流行に(うと)いばっかりに」 「まあブランカ様が謝る事じゃないですけどね。私が了承したんですし。ところで、今度仕立てるエステル様の外出用? パレード用? の衣装ですけど。ウィルヘルム様とお(そろ)いっぽい方がいいですよね?」  アリアーナが事務的とはいえそう問いかけるので、ブランカは複雑な顔をした。お(そろ)いだなんて、エステル姫は絶対嫌がるだろう。でもまだウィルヘルムは結婚する気でいる。王様の約束ももちろんまだ健在だ。……というか、エステル姫は自分が悪者になりたくないのかしらないが、結婚の約束を反故(ほご)にするようには、自分からは王様に伝えていない。  ……と、なると。 「お(そろ)い……でしょうねえ?」  ブランカはうーんと(うな)りながら答えた。 「なんで疑問形なんですか?」  アリアーナが(あき)れた顔をする。 「まあそれは、エステル姫を見てればそのうち分かると思うわ……」  ブランカはそう言いつつ、少なくともお(そろ)いの衣装が出来上がる前には、自分はウィルヘルムにエステル姫のお気持ちを伝えなければならないのだとげんなりした。  ウィルヘルムの純真さを思うと……言いにくい。
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