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8.姫と騎士に挟まれる日々
さて、そのアリアーナも、はじめは大人しくエステル姫の話を聞いていたが、だんだん姫の人となりが分かってきて、どんどん態度が悪くなってきた。
アリアーナは初めっからエステル姫仕えには乗り気ではなかったので、我慢などする気はない。
ブランカはアリアーナに共感しつつも、
「アリアーナ、さすがにあなたのエステル姫への態度は最近目に余るわよ」
とそっと窘めた。
しかし、それはアリアーナには逆効果だった。
「だってブランカ様、なんかエステル姫、ひどくないですか? 私はね、騎士たちの献身や奇跡の救出劇に感動してこのお話を引き受けたんです。騎士の忠誠の証があの女ですか? もうエステル姫のウィルヘルム様をないがしろにするのを見ていたら、なんかやるせない気持ちになるんですけど」
「あの女呼ばわりは感心しないわ。あの方は王女。しかもウィルヘルム様の想い人なんだから」
「それも気に入らないんですよ。なんであの実直そうな騎士がわがまま姫と結婚するんですか? 絶対幸せになれなくないですか?」
「でも、ウィルヘルム様が望んでるんだから──」
「でも、あの女は望んでませんよね? 露骨に避けてるじゃないですか」
実際、そうだった。
ウィルヘルムがエステル姫をお茶に誘うと、まずエステル姫はブランカに話を通す。ブランカが同席するならいいわよ、と。おかげでブランカはウィルヘルムのお茶に100%出席している。
かといって、以前のブランカの失言をブランカもウィルヘルムもお互い忘れたわけでもない。ウィルヘルムはブランカの前では相変わらずぎこちないし、ブランカもたいそう気を遣う。
なにより、ウィルヘルムは何かにつけてエステル姫の言動をフォローしようとするのだ。
ウィルヘルムは、ブランカが「あんな女」と言ってしまったことを聞いているので、ブランカがエステル姫を内心快く思っていないことを承知している。だから、エステル姫の言動をフォローすることで、ブランカの中でのエステル姫の評価を上げようとするのだ。
それがエステル姫にとっては逆にストーカーっぽく見えてしまって、エステル姫は余計にウィルヘルムに冷たい態度を取る。
「あなたなんかにフォローされる私じゃないわよ」「私に追従して本当に情けない方」などなど。
ウィルヘルムをうんざり顔で突き放そうとするエステル姫に、その愛想のない態度を必死でフォローするウィルヘルム。完全に悪手になってしまっている。
だから、ウィルヘルムとエステル姫のお茶は、ブランカにとって地獄のような空気なのだった。
「本当、あんなお茶につき合わされて、ブランカ様が気の毒で仕方がないわ」
アリアーナは吐き捨てるように言った。
「私も、なんであんな苦行を強いられているのかと心の中で嘆いているけれどもね」
「同席、お断りすればいいのに」
「それはアリアーナの言う通りなんだけど、なんか完全に巻き込まれちゃってて」
「仮病でも何でも使えるものは使いましょ、ブランカ様」
「でも、ほらウィルヘルム様のお気持ちもあるのよ……」
ブランカとアリアーナは気の毒そうに顔を見合わせ、深々とため息をついた。
さて、アリアーナと別れた後、ブランカは今度はコックと晩御飯の打ち合わせに出向いた。最近雇い入れた新しいコックは王都で修業した経験がある……が、そこでもまたブランカはエステル姫への愚痴を延々と聞かされた。
ようやくコックを宥めて、くたくたになりながらを自室に帰ろうとしている途中で、ブランカはウィルヘルムにばったりと会った。
よほどブランカがくたびれた顔をしていたのだろう、ウィルヘルムはぎょっとして、いつもと違う調子で、
「だいじょうぶですか? 疲れていますね」
ととても心配した様子で声をかけた。
ブランカは、いつもは余所余所しいウィルヘルムが急に心配そうに話しかけてくれたので、
「そうですね」
と短く答えながらも、あれ?と思った。
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