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9.姫にかかわるとみんな疲れる
疲れていると聞いてウィルヘルムは申し訳なさそうな顔をした。
「我々のせい、ですよね」
ブランカははっとした。そして言葉を選びながら、
「あ! いえいえ、それは言わないでください。お二人が帰還されたことはめでたいことなんですから。ただ王宮がいまだにはっきりとした日取りや段取りを言ってこないでしょう? パレードをするとか話が大きくなっていますから。エステル姫もこんな田舎に留め置かれて、きっと鬱憤が溜まっているのでしょう」
と言い訳をした。
ウィルヘルムはそのブランカの取り繕った態度に余計に心苦しくなったのか、申し訳なさそうな顔をした。
「いや、やはりこのデイモンド子爵様方には、過剰な心労をおかけしていると心配しているのです。いや、正直私はパレードなんていらないんじゃないかと思っているのですが」
ブランカは苦笑した。
「エステル姫はパフォーマンス重視っぽいですからね」
「そうですね」
ウィルヘルムはため息をついた。
ブランカは、ウィルヘルムのそんな心から望んでいなさそうな仕草を見て、なんだか本当に気の毒になって言ってしまった。
「ねえ、ウィルヘルム様、いいんですか? このままじゃ、あなた人生変わっちゃいますよ? パレードなんかして、大っぴらに凱旋したら、あなたはこの国の英雄で、姫の夫で、たちまち注目の的です。エステル姫の夫になるということも分かっていますか? 一生姫の言いなりですよ? 王宮のしきたりに従って、自分を変えねばなりません。……下手したらもう、幼馴染や田舎の親戚や、そんな人たちと気安くテーブルを囲むことは難しくなるかもしれませんし……」
ウィルヘルムはぎくっとして顔をあげた。
「人生が変わる……?」
ブランカは頷いた。
「あなたは一生を賭けると言いました。エステル姫に一生を賭けると。それならとっくに覚悟済みかもしれませんけど。でも、あなたを見ているとやっぱりエステル姫に一生を賭けるのはウィルヘルム様のためになるのか、私は分からなくなるんです」
ウィルヘルムの目が鋭くなった。
「こないだの、アレですか?」
ブランカの『やめたらいいのに、あんな女……』の失言のことを言っている。
ブランカは開き直った。
「ええ、それです。無礼を承知で言いますけど。あなたは私が毎回同席するあのお茶会を本音ではどう思っているんです?」
その言葉はウィルヘルムの心にぶっ刺さったに違いなかった。ウィルヘルムは咄嗟に顔を背けた。
「それは……」
「けっして楽しい空気とは言えないわ。あなただってお気づきでしょ? 姫のお気持ちは、本当はあなただって分かっているのではなくて? それを無視してこのまま進んで、それで幸せになれるのですか……?」
ブランカは感情が高ぶり、思わず目が潤んだ。
決してこの騎士が悪いわけではないのだけど。でも彼の未来に幸せが待っているような気にはなれない。
ウィルヘルムはブランカの涙を驚いたように見つめている。
「……そんなに心配してくださっていたとは」
「そりゃ、しますよ! あの日の失言から、私はだいぶだいぶ気にしてたんですからね。ウィルヘルム様だってずいぶん気にしてたじゃないですか。だからずっと余所余所しく、ぎこちなく、処かしこで私やエステル姫に気を遣って。それがまた痛々しくて。あなたこそ疲れていませんか?」
ブランカは言い返した。
ウィルヘルムは項垂れた。
「疲れて……。ああ、そうかもしれない」
ブランカは、ウィルヘルムの完全に気を落とした様子に、はっとなった。
「……あ、すみません。言い過ぎました。ごめんなさい、失礼します……」
ブランカは言いたいことだけ言って逃げるのは卑怯と分かりつつも、これ以上ウィルヘルムと話していてはウィルヘルムをどんどん傷つけるだけだということもよく分かっていたので、ぶちっと話を切り上げて、ウィルヘルムを顧みずに、ただ背を向けて立ち去った。
ウィルヘルムも言い返したいことがあったが、逃げるように去っていくブランカを追う気にもなれない。
ただ、自分のことでブランカに心痛を与えていたことだけはよく理解して、そしてブランカの後ろ姿をじっと見ていた。
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