《火の神》

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《火の神》

 海月は目を見開いた。目の前に居るのは業火に苛まれ辺り一面が炎に包まれた場所であった。  逃げ出さねばっ……!  海月は走り出しその場から離れようとすると、真紅に染まったとても大きな鳥が目の前に現れたのだ。  体長が三メートルはあるかもしれない。海月は逃げ場を失いたじろいだ。 「ようやくありつけるぞ、海の供物よ。お前は供物として生きる運命なのだ」  海月は息を呑んだ。 「……あなたが火の神ですか。それに俺は……わかっていますよ、自分のことなんて」  視線を逸らし自身の身の上を知る海月に火の鳥は目を細め――大きな口を開けた。  気づいたら天井を仰いでいた。動悸がし、息もままならない。  ベッドを蹴って汗だくの身体を抱えたまま、久しぶりに朝のシャワーを浴びた。心臓が嫌な音を立てているので抑えたかったのだ。  シャワーを浴びてバスタオルで身体を拭き、リビングへと出ると……事情がわかっていそうなモグラが優しい視線を向けていた。 「怖い夢でも見たんだろう? お前は一人で抱え込もうとする癖があるからな。朝食を食べがてら話してみろ」  ミルワームのガーリックバターサンドにカエルの茹でサラダとミミズの酢漬けを出したモグラに海月は水を汲んでから、夢の話をした。  ガーリックバターサンドを食しながら冷茶を飲むモグラは頷きながら聞いていき、また冷茶で飲み干す。 「火の神が近づいているんだな。まぁ隷属も三体は追い出しているし焦っているのかもしれない。海月、……今日は嫌な予感がする。出張占いはやめておけ」 「嫌な予感って、モグラさんはわかるんですか? もしかしたら火の鳥が……神が俺を食べに来るかもしれないって」  ガーリックサンドを食べ終えた海月はカエルのサラダに手を伸ばす。モグラは少し微笑んで「火の鳥は横暴だからね。先手を打っておいた方が海月を守れるから」ミミズの酢漬けを食している。  海月はモグラの今までの好意に疑問を抱いていた。 「どうしてモグラさんは、俺のことをそんなに心配してくれるんですか。俺はそんなに生きても意味のない人間なんですよ」 「意味のない人間なんていないよ。俺はお前の先祖と約束したんだ。――もしも子孫が不遇な目に遭ったら助けて欲しいって」  また先祖の話をされたモグラに海月は脳内でクエスチョンを描いたのだ。  本店にて占いの営業をしていた海月ではあるが、モグラの言っている嫌な予感が気がかりで仕方がなかった。  穏やかな笑みではあったが、そのなかに真剣みを帯びたモグラの表情は脳裏に焼き付く感覚を得た。  モグラは接客で爽やかな笑みを零しながら常連客と話しているが、彼のあの笑みと言葉には自分が本当に人としての道を生きて良いのか疑う自分が居る。 (俺は供物として食べられた方が良かったんじゃないか)  なんとなく思った海月は客もあらかた捌けたので「休憩に行ってきます」席を立ち上がり外へと出た。  モグラは海月の暗い顔立ちをしかと見つめ常連客との話を切り上げて外を窺った。  ――すると恰幅の良い男が現れた。モグラはまるで知っていたかのようだ。 「よぉ、おでましかい」 「ふんっ、モグラなどに用はない」  男は席にどっかり座り込み、モグラを睨み上げた。するとモグラもニヒルに微笑んでいたのだ。 「俺ってなんなんだよ。……生きていて良いのかよ?」  一人呟きため息を吐いてベンチに腰掛け、空を見上げる。空は夕日色に染まっており、学生であれば下校時間になるであろう。  海月はなんとなく商売道具のカードを見つめ占ってみた。カードをシャッフルし、 ベンチに置いて掻き混ぜ三枚のカードを引き抜く。  カードには双子の正十字とスペードの3と鳥の逆十字であった。 「スペードの3か……。スペードって勉強とか学問も司っているけれど――死ぬ運命も司っているんだよな」  火の神が近づいているのかもしれないと供物として仕方のないことなのかもしれないなと思うことにした。  海月は希死念慮というのはそこまではないが、自分は生きても良いのかを良く思う癖がある。本来ならば名前も顔も知らぬが海の供物として捧げられ、自分は居ない存在として世界は回っていたのだ。  どうして供物が必要なのかはわからない。昔、興味本位でモグラへ聞いてことがあったが彼はひどく冷めた表情で「人間と神のエゴだよ」と言って高校生くらいの海月を強く抱き締めてくれた。  自分に希死念慮があまりないのは、モグラが浴びるほど愛情を注いでくれたからだと思う。嬉しいが死ぬ運命の人間にそこまで優しくしないで欲しい自分も居た。  カードを見つめ双子の正十字と鳥の逆十字を見つめる。……その時ふと思い出した。あの時、あの場所で占った時だ。 「まさか……あの双子、三重くんと甲斐くんが俺のせいで火の鳥に襲われるんじゃ……」  自分だけならまだ良い。だが人を巻き込むのは言語道断だ。 「モグラさんに知らせなくちゃっ!」  海月はベンチに置いたカードをすべて仕舞い込み立ち上がる。 「あ、海月じゃん! こんなところにいた」 「海月さ~ん、占い見てもらいたくて来ました」  振り向けばにっこりと微笑んでいる三重と丁寧にお辞儀をする甲斐が居るではないか。驚いた海月は学校帰りで立ち寄ろうとした二人の手を取り、走り出した。 「ちょっ、どうしたんだよ急に! 占いしてくれんだろ!」 「占いはするけどここじゃ危ないっていうのが出たんだ。……君たちを巻き込むかもしれない!」 「はぁっ? なに言ってんだよ急に」  三重のツリ目が上がるが気にせずに海月は本店へと走りだし、到着した。 「モグラさん!! さっき占いで嫌なことが起きるって……」  声を噤んだのはモグラが大男と対峙していたからだ。厳しそうな顔つきで真紅の髪を振り乱し、肉体美を露わにした髭面の男は海月を見て、嫌に笑った。 「いるじゃねぇか海のモグラよ。ここに絶品に育った供物が」  火の神だと判明し海月は冷や汗を掻いて戸惑っている双子を庇った。
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