《水面占い》

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《水面占い》

 月の光をふんだんに含ませた細かい水晶を水瓶(みずがめ)の中に落とし込んだ。今夜は新月で暗いものの、ビル街に自宅があるおかげでそこまで暗くはない。  海月はモグラが編み出した水面占いを実践している。水晶は邪気を払う。そして水を浄化させ、鏡のように自身の将来や過去を映し出させることができるのだ。  一種の水晶占いの強化版といったところであろう。これも特許を取ってはいるが十分に扱えるのは海月くらいしか居ないはずだ。  窓辺で冷酒を呑み、ミミズを食しているモグラを差し置いて海月は自身の将来を心中で願い占う。  水面に映像が浮かんできた。――モグラと火の鳥が戦っている姿が見える。その姿は激しいものであった。 「これは……どういう?」  疑問の渦に呑まれた海月は最後のミミズを食し終えて冷酒を嗜むモグラへ訝しげな顔を見せた。 「モグラさんと火の鳥……みたいな奴が戦っている姿が見えました。――俺が供物だからですか?」 「ふ~ん。まぁ十五年も食べられていなきゃ神々も不審がるだろうね」  モグラが冷酒を傾けた。 「……どうして俺を助けたんですか。俺が金になるからですか? でもあなただって、俺を庇わなければ火の鳥に狙われることも、戦うこともなかったでしょうに。……俺は生きても意味がないんです。だったら供物として、この身を捧げます」  海月の確固たる意志が伝わるがそれでもモグラは優雅に冷酒を掲げ「若いのに死に急ぐな」微笑んでは酒を呑む。  純米酒はミミズの酢漬けのあてには良いらしい。舌に痺れる感覚を覚えるのだという。 「俺は昔、お前のご先祖様と約束したんだ。子孫に危機が訪れたら、守るようにって。俺は土を司り海さえも統べる者。――そうなれたのはお前のご先祖様方々のおかげなんだ」 「そんなの知ったこっちゃないですよ。俺は別にご先祖様に感謝なんてしていません。どうせ供物として生きていく運命なんです。……この世に未練がないうちに、死にたいんです」  傍らに寄り添う海月の黒い髪が揺れる。さらりとした直毛と希死念慮に駆られた鋭い瞳は揺れ動くものがあった。  モグラは座り込んでいる海月の頭をぐしゃぐしゃにした。黒髪は絹のような滑らかさを抱かせる。 「お前をカネヅルなんて思ったことはないし、供物として捧げなくても良かったなとも思っているよ。供物として捧げていたら、俺はお前のご先祖様との約束を反故する羽目になる」 「別にしても良いんですけどね」 「まぁまぁ。それに、俺だって火の鳥とは互角に戦えるぞ! 安心しろ。俺はただのモグラじゃない。なんせ海さえ泳げるモグラなんだから」  悪戯に微笑みながら瓶に入っていた冷酒が切れたことに気づき「ビール呑も~っと!」なんて能天気な言葉で冷蔵庫へ走る酔いどれモグラに、海月はモグラの翌朝を心配した。  先祖の約束とはどういうことなのかを問い詰めたものの「また時期が来たらな」そ言ってビールを吞み干して寝てぐうたらしているモグラに「出張へ行ってきます」ベッドサイドに水と肝臓に効く薬液を置いておき、チャイナ服を着て普段から通っている公園へと馳せ参じた。  公園側から簡易テーブルと椅子を借りて、簡易式の小屋を建てて『出張占い! 占い専門店モグラ』という立札を置いておき席へと座る。  すると座った当初から一人二人と客が興味本位で近づいてきたのだ。  海月は目を光らせた。 「あの、出張占いってどのくらいかかりますか? どういう内容とか、費用とか……」  カップル連れでやってきた客へ海月はお品書きを見せる。 「基本は当店が開発したカード占いを採用しています。時間制ではありませんが、深く知りたい場合ですとその分だけ費用がかかると思ってください。ですが千円で占わせて頂きます」 「千円って! 結構お安いんですね」  それが自慢なんだと言いたいが海月は淀みのない口調で続ける。 「また水面占いや普通の水晶占いもあります。こちらの方が費用がかかりますが的中率は芸能人の方からのお墨付きです。ご不満がありましたら、本家の方でクレーム対応もさせていただきます。いかかでしょうか?」  カップルは長考したのち「じゃあカード占いをしてください」と言って椅子に腰かけた。  水面占いの方が金が取れるのにななどと思いつつも、海月はカップルが占って欲しいことを聞いて占っていくのだ。  その姿を見つめていた幼い少女は一緒に弁当を食している父親へ「私も占いしてもらいたい!」瞳をキラキラさせて強請っていた。父親はげんなりとした顔をする。 「占いだなんて、美波(みなみ)には早いだろう? なにを占ってもらうんだ?」 「えっとね~! 私のお婿さんを占って欲しいの!」 「お婿さんって……まだ早いじゃねぇか」  娘の早すぎる願いに父親は息を吐くがぐいぐいと美波は父親の腕を引っ張り「行こうよ! ねぇ~!」可愛らしくおねだりをする。  美波は大家族のなかで待望の女の子だ。亡くなった母親に似て瞳が零れそうなほど丸くて長い黒髪を二つに結い上げた姿は愛らしい。天使爛漫で家族思いな所は病死で亡くなってしまった妻によく似ている。  目に入れても痛くない可愛らしい天使の要望には応えないようになんて苦心に思いつつも、その純粋な黒いダイヤに撃ち抜かれ、渋々といった様子で入室した。  ――美波は目を見張った。  チャイナ服に包まれたミステリアスで端正な顔立ちの男に、目を奪われたのだから。
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