《非現実的》

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《非現実的》

 海月が次の客を呼んだ際に現れたのは、渋々といった様子の強面だが端正な顔立ちをした父親に幼い女児を連れた姿であった。……海月は少々険しい顔をしてしまう。  海月は占いの才能があるので仕方なくやっているのだが、本来は人間相手をしたくないのだ。しかも幼い子供の相手などもってのほかだ。苦手中の苦手である。  父親の方が占いをしたいのかなんて思ったが、元気そうに座った幼い少女が「占いして!」なんて天真爛漫に言っていた。  こいつがかいなどと思ったが、海月は上っ面のぎこちない笑みを浮かべる。 「なにを占って欲しいですか?」 「えっとね~、私のお婿さんが誰か占って欲しいなぁ!」  見た目は小学一年生くらいの子であるのだが、まさかの婿決めとは思わずに海月は「はい……?」などと愕然としている。  当惑している海月に父親の方が食って掛かったように「無理なら詐欺だって訴えるぜ」などと嫌な笑みを零しているではないか。  父親の薄汚れた服装を見た海月は「詐欺だと思うのなら、この子は無料で見て差し上げましょう」そう言ってトランプをシャッフして地面でさらに混ぜたのだ。 「さすがにこんな小さな子の婿決めはほぼ不可能です。十年以上の未来が見られるほど占いの技術が俺にはないので、少し未来のことで予測させて頂きます」 「ほぉ~。さすがに美波の婿決めはまだ早いよな、兄さん?」 「そうですね。多分あなたがたが大人数でなにかの事業を遂げているから、娘さんがしっかりされているのでしょうね」  海月がカードをトランプで切りながら五枚のカードを美波に向けた。父親は先ほどの言葉で不意を突かれたようだ。 「なるほど。いろんな方から好意を寄せられていますね。ですがもう少し先の未来で運命の出会いを果たしますね」 「なんだとっ!?? どんな奴だ!」 「ハートの女王が出ているということは娘さんが一目惚れをした可能性が高いですね。……でも、運命の出会いが出るのが早すぎますね。少し心配ですから、また来て見て下さい」 「……その時、金は払うだろう?」  父親の渋るような声に「だったら来なくていいです」などと言えば、娘の美波は笑顔で「また占って欲しい! お兄ちゃんに占って欲しい!」手を握られて強請られてしまう。  海月の顔が引きつるが、構わずに父親が「……じゃあ証拠を見せてみろ」挑戦状を叩きつけてきたのだ。  父親はお品書きに書いてある水面占いを指さした。 「この的中率が高いって書いてある奴やってみろ。千円なら出せる。千円分の占いで当たれば美波の占いに行ってやる」  なんと傲慢な父親なのだろうかと思うが構わずに海月は千円を受け取って水面占いを行おうとする。睡蓮(すいれん)の水瓶に聖水を注ぎ込み、砕いた水晶を入れる前に「占って欲しいことはなんですか?」尋ねれば父親は太い息を吐いて「……家族のこと」そう答えたのだ。  海月は砕いた水晶を入れて心中で「この方のご家族について知りたい」そう願う。  すると現れたのはツリ目の青年とタレ目の青年が誰かと争っている姿であった。  同じ背丈くらいで父親と同じく端正な顔立ちだ。茶髪でおちゃらけていそうなツリ目の青年と黒髪で優しそうな青年が誰かに絡まれている姿が見える。  水面に映し出された事実を父親に告げれば盛大な息を吐いて「あの馬鹿双子か……」頭を掻いていた。  その双子に思い当たる節があるらしく、美波も心配するように「お父さん平気~?」可愛らしく尋ねれば美波の頭をくしゃりと笑って触れた。  海月はあまり見たくない光景であった。自分はモグラ以外に実の親にされたことはない。 「じゃあ千円分の占いを致しましたので、またなにかありましたらこの店に来てください」 「あぁ……。一応、肝に銘じておくよ」  名刺を渡し親子が去る頃には海月は心が痛かった。だが娘の美波が振り返って「バイバイっ! お兄ちゃん!」笑みを零している姿にはどうしてだがぽっかり空いた心が塞がったような気持になった。  海月は気持ちを切り替えて占いをしていけば時刻は夕方となってしまった。  公園側に椅子と簡易式テーブルを返却し、看板も指定の場所に置かせてもらって帰宅することにした。  だが今日は普段とは違う。――誰かに付けられているのだ。  占いをしていた頃から二人組に睨みつけられるように見られていたのだ。まるで値踏みでもするかのような視線に海月は息を潜め、素早く立ち去った。  すると二人組も走り出し「待て、供物野郎!」などと言うではないか。 「供物の分際で逃げ出すんじゃねぇよ!!」 「火の神様に捧げろ!」  めちゃくちゃな言い分で二人から逃げ出していくが追いつかれてしまった。前に立ちはだかり、クツクツと喉元で笑われ掴まれそうな瞬間であった。 「それは俺の大切な人だ。火の鳥ごときに渡すわけにはいかんのよ」 「……モグラさん!」  驚いて目を見張れば、モグラはすぅと息を整えて「土と水を司る我に力を」しんと静まり返ってから「……土雨(つちあめ)の雫と土の防壁を」術のようなものを唱えたのだ。  海月はモグラと居て初めての光景であった。――なぜならば自分の防御壁には土が覆いかぶさり、シールドのように守った。   しかもザァザァと音が鳴り響き、土の防御壁から解放された頃には……二人組の男は小さな鳥になってしまっていたのだ。 「これは、どういう?」 「お~い火の神の隷属ども。……用事があるなら俺を通してからって言っておけ」  鳥たちは飛び去って鳴き声を鳴らした。  海月は今起こった非現実的なことに再び当惑するのであった。
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