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《モグラの役割》
「いったいこれは……どういうことですか?」
赤いインコのような鳥たちが羽ばたいていく様を見ながら、海月はこうなることなどわかっているモグラへ尋ねた。
供物だとも言われた。それに昨日の水面占いのこともモグラから提案されたのだ。
――この事態が来ることをわかっていたかのように。だから先手を打って占わせたかのように。
「モグラさん、やっぱりあれは、俺が海の供物なのだと知っているからモグラさんに攻撃を……」
「まぁそうだな。お前が海の供物で捧げるのを、み~んな周知のようだな」
まぁ歩こうぜなどと言って歩き出していくモグラへ海月は「じゃあ海に捧げます」そう言い切った。モグラは振り向いた。
「だったら俺が海の供物として捧げればいい話でしょう? だったらそれでいいじゃないですか」
「……海月」
「もうそれでいいじゃないですか。俺は供物として生きてきたんです。もうこれ以上生きても――」
モグラが海月の頭へ急に拳を入れたかと思えばぐしゃぐしゃに髪を乱した。痛みは伴ったものの、優しさに溢れたものであった。
「俺はさ、お前が供物としてじゃなくて幸せになって欲しいんだよ。親代わりの俺が言ってもダメなのか?」
「いてて……。駄目とかじゃない、ですけど……」
「ならよし! 火の神ごときに負けるかっての。俺が守ってやるからな!」
大輪のような笑みを零すモグラに海月は安堵して頷いた。
翌日になり、海月は出張占いを休んで本店で営業をすることにした。本店ではモグラが店主ではあるが海月の方が盛況となっており、「俺が店主なのに……。海月は弟子なのに……」ひねくれつつも客に茶を出したりしていた。
今回の客はクレーム対応があったのだが、そういう時にはモグラが先に立ってどういうことなのかを聞いてから海月へ再度占うようにさせている。
ただ、海月の占いはよく当たる。占いで再度占っても同じような結果であれば支払い量よりも上乗せしてさらにどういう風な対策をすべきなのかを占うのだ。
そういう時にはカード占いではなく水面占いを用いる。水面占いの方が海月には馴染みがあり、的中率が良い。
水瓶に水晶を流し入れ客がなにを占って欲しいのかを尋ねてみた。「この前の続きだ」などとふんぞり返っている汗っかきの中年男性の言葉を流しつつも海月は心中で問いかける。
この男性はなにを教えて欲しいのかを私に教えてください。
――すると水面に現れたのは介助されているよぼよぼした老人を女性が介護している姿であった。
そこには男性も険しい顔つきで映っている。
そうかと海月は苛立っている男性の顔を見上げた。
「お父さまの介護のことですね。家で介護をするか、外で介護してもらうかでしょうか」
「あっ、あぁ……。よく覚えていたな」
「あの時は家で介護をした方が良いと言ったはずですが、大変だったのですね。恐らく、お父さまを見てくれる奥さんとなにかがあったのですね」
男性は糸目の瞳を丸くしてから「あぁ……」そう言って話を続けた。
「妻が私の母と喧嘩をしてしまって介護どころではなくなってしまったんだ。妻も母は認知症で怒る癖があるとは周知だったんだが、堪忍袋の緒が切れてしまって……」
なるほどなどと言いながらも、こういう時はと思って海月は椅子に深く座っているモグラへ視線を向けた。どうやら意見をもらいたいようだ。
「介護問題は深刻だからね~。まずは役所に行って介護福祉士を紹介してもらったり、ケアマネジャーさんの配置をしてもらったりすべきだね。そういうのは大変だけれど、やるだけで違うよ。……奥さんは今だけお母さまと距離を置くべきだね。奥さんに任せっきりじゃなくて、あなたがすべきだ」
「でも、そういうのはよくわからないし――」
「わからないんじゃなくてやるんだよ。役所に行くだけでもお父さまの介護が少しは変わるはずだからさ。あとはそうだな……」
モグラは不敵に笑う。
「お父さまとの思い出も作るべきだよ。介護は大変だけれど、お父さまは家や奥さんが大好きだろうからさ。生きている間に思い出も作った方が良い」
男性は見開き息を漏らしたかと思えば一万円札を差し出した。
「また来させてもらうよ。おっさんの悩みを聞いてくれてありがとう」
「いえいえ。また今度」
モグラが笑って手をひらひらと振れば男性は少し微笑んで出て行った。海月は次の客に備えながら「モグラさんって実はいくつなんですか?」ふと尋ねてみた。モグラは海月の分の玉露を入れては唸りだす。
「う~ん。もう長いこと生きているからな。……三百年くらい?」
「モグラさんは妖怪なんですか?」
「妖怪もどきだったんだけどね~。今は神もどきになった!」
「もどきってなんですか? 一体どういう?」
「まぁまぁ~、ほら!! お茶が入ったから飲んで一呼吸置こうぜ。水面占いも力使うだろう?」
はぐらかされたが疲れてはいたので茶を飲むことにした。モグラの淹れてくれる茶は美味しい。自分は知識不足だったり料理や茶などを淹れるのはへたくそすぎたりするのだが、モグラは弁が立ち、しかも器用なので幼い頃からその恩恵を受けていた。
自分が本当に幼かった頃はどんな料理を食べていたのか覚えていない。モグラのゲテモノ料理がデフォルトになってしまってから、虫料理が美味しいと感じるくらい成長してしまった。
玉露の甘く濃い味わいに舌鼓を打ちつつ、海月は一息吐いて「次のお客さん、入れますか」のんびりとしているモグラへ声を掛ければピースサインで応えてくれた。
暖簾を潜り「次の方どうぞ」と掛けようとすれば……驚いた。
「よぉ。昨日ぶりだな」
「お兄ちゃん、こんにちは~!!!」
ふて腐れた美男の親父と美波が本店へ来店したのだ。
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