《ご馳走》

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《ご馳走》

 出張占いを終えて本店へと帰還すれば、モグラがはしゃいでいた。相手は渋々な様子だが優しい表情を見せている仁田で、手には虫かごいっぱいの幼虫やらミミズやらが詰まっている。  海月やモグラは主食なので声を上げて喜ぶほどではあるが、ほかの人間にとっては阿鼻叫喚を浴びせるほどの大量の虫であった。  持ち込んだ仁田でさえもかなり引いている様子である。 「あっ海月じゃ~ん! お帰りなさい~、仁田さんが虫くれたよ!」 「やりましたね。これでミミズの酢漬けとか幼虫の唐揚げにカエルがあったらカエルの素揚げができますね」 「カエルももらったよ~! カエル捌いて揚げてあげるね!」 「……お前らの食生活が心配だよ、俺は」  太い息を吐きつつも大量の虫とカエルをモグラに手渡した仁田は頭を唸りだした。海月は異変に気付いたが虫やカエルをもらったモグラはくるくる回りながら冷凍庫に虫とカエルをしまい込み、仁田と海月に茶を淹れる。  今日は知覧茶と呼ばれる高級茶であった。虫とカエルが嬉しかったようで奮発したらしい。  出された茶の香りに誘われて飲んでいく仁田ではあるが少し照れたような顔をして「……礼がしたいんだ」俯き加減で言い放った。  海月は顔を横に向き、同じくモグラも横に向いた。呆然としている二人へ仁田は「そういう約束立ったじゃねぇか!」などとどうしてだが怒りながらもお礼がしたいと告げている。  モグラは茶を啜った。 「別に海月の占いは当たるけど、未来は常に変わるものだからそんな律儀にしなくても良いんだよ?」 「まぁ未来ですからね。別に俺はミミズもらえただけでも嬉しいですし……」  というかあんまり人間と触れたくないしなどと思っている海月ではあるが、仁田は二人の食生活も心配だったのもあるが、一番は弁護人となって先陣を切ってくれたのがありがたかったらしい。だからお礼がしたいのだという。 「まぁ双子にも言い聞かせるけどよ。なんとなくお前たちとは深い付き合いをした方が良いと思ったんだ。……美波の将来も見て欲しいしな」 「え、美波って一番下で唯一の女の子だっけ?」 「あぁ。この黒髪で右目に三つのほくろがある兄さんが言っていたんだよ。美波が一目惚れする相手が出るって」 「ふ~ん、海月がね~」  知覧茶を飲みながら少し微笑んだモグラは「じゃあお世話になりますか!」チャイナ服を振り乱して立ち上がった。  海月は驚いた。 「え、な、なんで行くんですか? 別に行かなくても良いじゃないですか」 「だって虫もカエルも冷凍庫入れちゃったし作るのもね? たまにはほかの人と食べながら食べるご飯も良いかな~って」 「え……」 「なんだよ、てめぇ。俺のメシの方がぜってぇうめぇぞ。食えないってか?」  仁田に圧を掛けられた人間嫌いの海の供物はなすがままに車に連行されて仁田宅へ運ばれた。  仁田宅へ着くと、出迎えてくれたのは一馬と新顔であった。精悍で野性的な黒髪の青年は父親の仁田によく似ており、次男の啓二だと紹介された。 「兄貴から聞いています。あの馬鹿双子がご迷惑をおかけしました……。父さんが張り切って仕込んでいたので、良かったら食べて行ってください!」 「おい啓二! 言わんでも良いこと言うな!」 「はいはい」  顔を赤らめて男性用のエプロンを着ている仁田に啓二は微笑んだ。  それから双子も現れてモグラへ礼を告げていた。被疑者からの謝罪もあったし、学校側もお咎めはなかったそうだ。 「それは良かったよ~。三重くんも甲斐くんも良かったね。でもこれから気を付けてね」 「おうよ!」 「はい!」  二卵性双生児でも同じタイミングで元気良く返事をする姿に、モグラはどうしてだが高校生の二人の頭を撫でていたのだ。  五男は中学生の(がく)。六男、七男は小学五年生と三年生の男子で六華(りっか)七貴(ななき)である。三人とも発展途上だが端正な顔立ちをしていた。――つまり美形家族である。  そして長女で唯一の女子の美波は海月にくっついて離れなかった。海月は自分よりも年下の子供に好かれていたのに冷や汗を掻く。  海月は自分よりも幼い子供が苦手であった。扱いがわかないのである。  だが美波は海月に興味津々で将来は美少女になるであろう顔を輝かせ「占いやって!」などと要求するではないか。  モグラに助けを求めているが彼は海月の視線に気が付かず、仁田の息子たちと戯れていた。  海月は疲弊の息を吐き出した。しかたなく商売道具のカードからトランプを取り出し、シャッフルをしてから机の上に置いて掻き混ぜた。  海月は爛々とした美波の瞳を無視しつつも心中で問いかける。  この子が出会う運命の相手はいつごろか。どのくらいの時期に現れるか。  真剣な視線でカードを見つめる海月の姿に幼いながらも美波は見惚れた。海月のミステリアスな雰囲気は兄たちの誰よりも美しく悲しそうだと思った。  カードを五枚取り出し一枚をめくれば、ハートのAであった。……運命の相手はすぐそこだと表されている。  あまりにも早すぎる展開に驚き、先のカードをめくろうと二枚目に手を添える。  美波の小さな手が重なった。モグラと遊んでいた兄弟たちも海月が占いをしだしたので興味本位で見つめていた。  美波と視線が合わさる。大輪のような笑みを見せていた。 「わたし、お兄ちゃんのお嫁さんになる!」 「えっ……?」 「だってお兄ちゃん、かっこいいのに悲しそうなんだもん。――美波が幸せにしてあげる!」  にっこりと微笑んだ天使にたじろぐ海月と驚いて目を見張る兄たちは、鼻歌を歌いながら天ぷらを作っている仁田へ報告していた。 「美波!!! お前、一目惚れしたのか!???」  火を切ってにこにこしている美波へ駆け寄った父親の姿に、部外者のモグラは仲睦まじそうに微笑み、海月は冷や汗を掻いてどんな言い訳をしようかを考えていたのだ。
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