初恋の少年

1/1

17人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ

初恋の少年

 その日、夢で見たのはソフィが男爵家令嬢だった頃の夢だった。 かつて幼い頃に、一度だけ呼ばれた社交界。 周りにいる者達は全員が貴族で、誰も彼もが自分より輝いて見えた。 気後れして、離れたところでソフィは眺めていた。  近くで同様に、壁に背を預けるようにいた少年。 退屈そうに見ていた少年と、目が合ったのがきっかけだった。  「あれ、キミはあの中に交じらないの?」  「あなたこそ。」  ソフィとそれほど変わらない年頃に見えた少年。 当時の記憶はあやふやになりつつあるので、少年の顔は覚えていないが、綺麗な金髪と緑の瞳だった事だけは覚えていた。  「オレは良いんだよ。嫌われ者だから。 (こび)売ってくる奴もいない。」   身なりはこの場にいる誰よりも綺麗だったのに、フランクで砕けた口調だった。  「嫌われ者?どうして?」  「あれ、キミは知らない?知らないなら、その方が良いかもね。 …母さんに出ろと言われた以上は、時間を潰さないとだし。キミ、少しオレと話そうよ。」  「…良いけれど、あなた、名前は? 私はソフィ・フロースよ。」  「オレはフィデリス。」  「フィデリス、ね、」 ソフィはフィデリスという少年と、短いが言葉を交わした。  「ソフィは市民区と貴族街の間に住んでるの?珍しいね。」  「私は貧乏貴族だから、普通の庶民に毛が生えた程度よ。 この場に呼ばれたのが不思議なくらい。 友達だって、貴族じゃない子の方が多いんだから。」  「へえ、それは楽しそう。」  「馬鹿にしてる?」  「まさか。オレだって、似たようなモノだから。」  「似てる…?あなたと私が…?ふーん。」  フィデリスは不思議だった。 飄々(ひょうひょう)としていてフランクで、今まで接してきたどの貴族の少年とも違う。 貧乏貴族のソフィにとって、話しやすかった。それは、フィデリスも同じに見えた。  「幼馴染みってこんな感じかな。それとも兄妹?オレ、兄はたくさんいるけど、妹は居ないから。ソフィは妹みたいで話しやすい。」  「お兄様がたくさんいるの?」  「そう。俺はその六番目。すぐ上の兄とは一個違いで、五番目の兄様は、からかうと面白いし、話しやすいけどね。」  「私は一人っ子だからあなたが羨ましいわ。」  「兄弟って言っても、ほとんど他人みたいなものだよ。」 フィデリスは遠い目を向けながら(つぶや)いた。  「…そうなの?」  「まあ、一個上のオレオール兄サマは別として。…境遇が似ていて、居場所がない者同士、唯一仲は良い方。」    「ふーん…複雑なのね。」  「そう。フクザツで嫌になっちゃうんだよ~。…って、キミに話す事でもなかったか。」 花のような笑顔を溢すフィデリス。 不思議な魅力がフィデリスにはあった。  だからたった一回、社交界で会っただけの少年だが、フィデリスはソフィの初恋になっていた。  「ソフィ。ねー、ソフィったら~?聞いてる~?」  頬杖をついて、顔を覗き込んでくるラオーネ。 こちらをからかうような猫のような瞳と会った瞬間、ソフィは勢い良くのけぞっていた。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加