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その時マーティンと一緒に見た鳥、スノーバードが、今庭にいる。アンは2階の自室から階下に降りて庭に出て、驚かさないよう距離をとって鳥を観察した。 鳥は相変わらず餌を求めて動き回っていて、人間に対して警戒心の強い鳥にしては、アンの存在に無頓着だった。逆にアンのほうが神経を使い、その慈愛に満ちた気遣いで鳥をあらゆる危害から守ろうとするかのように、息を殺していた。 体長16センチ位かそれより少し小さく見える鳥は、全体にふっくらして丸みを帯びていて、それが一層可愛らしさを強調していた。 時折ピィー、ピィーと鳴き声を発し、その鳴き声も意味は分からないながらも、可愛さの中に分類されていった。 去年の春先にスノーバードの群れはこの地を一斉に飛び立って、北への長い旅に出発した。そしてそれと同じ頃、マーティンは小型飛行機に一人で乗って、そのまま行方不明になったのだった。 スノーバードはそれから半年以上たった晩秋にこの地にまた戻ってきたが、マーティンの戻る気配はなかった。彼は空のどこかに吸い込まれるように消えた。 「ピィー、ピピピ」 それが、マーティンが訪ねてきたときの合図だった。マーティンはアンの兄ビルの高校時代の友人で、最初はビルに会うために来たのだが、次第にアンと仲良くなり、ビルがいない時も来るようになった。 ビルによれば「俺がこれまでに会った中で一番の変わり者」というマーティンは、鳥を溺愛していた。 幼い頃から鳥への興味は人一倍抜きん出ていて、同じ年ごろの子供たちと遊ぶより、一人で鳥をじっと眺めているのが好きだった。 スポーツマンで現在はシェフ見習いというビルとどこに接点があったのか不思議だが、ビルが自分の家の庭に小鳥が良く来るという話を何気なくしたところ、ぜひ見たいといって押しかけてきたのが交流の始まりだった。 草木が伸び放題に生い茂った庭には、様々な鳥がやってきた。特に鳥に関心がない者にとっては、その鳴き声は風や雨の音などと同じ自然の風物として意識の波間に浮遊することはあっても、その姿をいちいち見に足を運ぶことはないだろう。 しかしマーティンの心のアンテナは鳥に敏感で、その鳴き声をキャッチするや否や体が動くという条件反射が出来上がっていた。 ある日アンとリビングでコーヒーを飲みながら話をしていた時、開けていたテラスの扉から庭の鳥の声が流れ込んできた。その瞬間、マーティンはばね仕掛けの人形のように立ちあがり、アンの存在を忘れ去って鳥の姿を追い求めて庭に出た。その時は驚きはしたものの、すでにマーティンのそういう習性を目撃していたので、アンは「また……」と呟いて溜息をついただけだった。
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