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「鳥になりたいな」 とマーティンは口癖のように言った。 鳥になって空を飛びたいというのは、重力の呪縛から逃れられない人間の悲願といえる。空を縦横無尽に飛び回る鳥が自由だと思えるのは、ひとえに飛べないコンプレックスからくるのだろう。人間は鳥を羨望し、鳥からヒントを得て空を飛ぶ技術を考案し、今では鳥に負けないくらい空の覇者となっている。 それでもマーティンは、少しでも鳥の気持ちに近付くために、一人乗りの飛行機に乗るべく操縦免許をとった。そして空港で小型飛行機をレンタルして飛ぶことが、単なる趣味以上の生き甲斐ともいえるものになった。 なぜそれほどまでに鳥に惹かれ憧れるのか、それは本人にもわからない。天から授かったDNAのようなものとしか説明がつかなかった。ともかくそれが天賦の資質であるなら、その是非を問うより従順に受け入れた方が生きやすい。 そうした理屈を立てるまでもなく、マーティンは自身の天性に従って生きることを実践した。 鳥の中でも、マーティンが最も惹かれたのはスノーバードだった。その持って生まれた白さは、ほかの色すべて褪せさせる。 雪の申し子 雪の化身 雪が生み出した最高傑作 スノーバードの魅力を語るとき、マーティンは鳥のように羽ばたく言葉を生み出す詩人になった。 そんな、鳥が人より大好きで変わり者のマーティンだったが、アンにとっては愛おしい人物になっていた。 兄のビルより華奢なマーティンは、体型だけでなく、青く澄んだ瞳が少年のようだった。鳥へまっすぐ注ぐ眼差しは、偽りや邪悪さを排除して透明だった。鳥も彼の眼差しの邪気のなさを感じ取るのか、普通なら考えられないような至近距離に彼が近付いても、飛び立たないことがあった。
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