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 次の日朝から専門医が訪れ僕の検査が始まった。  結果は【オメガ】だった。僕はいつのまにかベータからオメガに変わっていたのだ。 「最初の診断の信ぴょう性が気になりますね」  眼鏡を上にあげながら気難しそうな医者が疑問を投げかける。  僕はやはりというか何故今頃というか複雑な心境だったが、稀に後天的に変化することがあるらしい。  その要因もいくつかあって。僕のタイプは精神的な要素が強いようだ。心当たりはある。祖父は母のバース性を認めようとしなかった。手塩にかけた一人息子がある日突然妊娠した事実を認められなかったせいだ。  僕の母は男性のオメガだったのだ。元々身体が弱かったようで僕が小学校に上がる前に亡くなってしまった。厳格な祖父は普通であれ。ベータであれと僕に言い続けた。いつしか僕は自分はベータであるべきだと思い込むようになっていたのだ。  医師は僕の話を聞き、隣で僕の手を握ってくれているハジメを見た。 「秋葉原君。そんなに思いつめなくても大丈夫ですよ。抑制剤もあります。それに親身になってくれる人が貴方にはいるではないですか?」 「……はい。ありがとうございます」  医者からは抑制剤の錠剤と栄養剤をもらった。そして避妊薬も……。 「…………」  長谷川が僕に飲ませたのは粗悪な催淫薬で無理やり発情を促すようなものだったようだ。発情期もまだ未熟な僕の身体には負担が大きすぎたらしい。 「長谷川は夏の間に好みの子に手を付けると噂があってな。秋からは選択科目に変わるからほとんどの子が長谷川の元を離れていくんや。だからその前に気に入った子を手に入れようと暗躍しとったらしいわ。ほんまに気持ち悪いやっちゃ! 教師として最低な奴や!」  今回の事で長谷川に被害があった子らも名乗り出て彼は早急に懲戒免職になるらしい。どうやらかなりの速さでSNSに長谷川の悪事が大量に拡散されたようだった。 「車で追っかけてたときな。この先がホテル街やと朝比奈が気づいてスマホの動画を回してくれたんや。ナンバープレートもばっちり録画して警察に提出できたのが決めてとなったみたいや」 「そうだったんだ」 「そこからは次々に余罪が出て来たらしい。同じような目にあった子らがSNSに書き込み始めてな、中には便乗して面白おかしく書き立てた奴もおるやろうけど大学側も見過ごせなくなったんやろな」 「この数日でそんな大ごとになってたなんて」 「大学側も素行が悪い奴やってある程度はわかってたんやないかな? 動きが早すぎる。教授って肩書があるからなかなか手を出せなかっただけで準備は進めてたんやと思う。あいつもうぬぼれてたんやろ。手口が大胆やった。自業自得や」 「ごめん。ハジメから気をつけろと言われてたのに」 「うん。なんであいつについて行ったんか教えてくれへんか?」 「そ、それは……」 「俺に言われへんことなんか?」 「言えばめんどくさい奴だって僕のこと思うよ」 「思うかどうかは言うてくれなかったらわからへんやろ」  そんな、なんて言えばいんだ? ハジメは朝比奈とつきあってるんでしょ? じゃあ僕のことはどう思ってるの? 本当はそう言いたいけど答えが怖くて聞けない。 「……ちょっとだけ時間がほしい。まだ混乱してて。僕は自分がベータやと思ってたから」 「それもそうやな。悪かった。今すぐでなくてもいいんや。落ち着いたら教えて欲しい。でも心配やから、しばらくは一人で出歩かんといて。もう夏休みに入るし落ち着くまではここにいてくれへんか?」 「……迷惑かけてごめん」  本当は一人になるのが不安だった。ハジメの心遣いが嬉しい。 「謝らんでええよ。顔色も悪いし、美味しいもん食べてはよ元気になってな」  ハジメが僕の頭を撫でる。その手は大きくて暖かかった。
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