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7-1 ああ勘違い
「すぐる。おはよう。調子はどうや? しんどいところとかないか?」
ハジメの声がする。なんでこんなに良い声なんだろうか。縋りたくなるような優しく暖かい声。この声を聴くとほっとして安心する。
「おはよう。少し熱っぽいみたい」
「医者を呼んだ方がええか?」
「いや。そこまでは辛くないよ。抑制剤も飲んだし」
「そうか。抑制剤はいろんな種類があるからな。体質によって調整してもらえる。今飲んでるのが体に合わないって思ったらすぐに言うんやで。自分に会ったのを服用するんが一番やからな」
「うん。ありがとう」
にこにことハジメが手にしたトレーをベットに運んでくる。トレーには小鍋がふたつ並んでいた。
「今朝は玉子がゆにしてもらったで。のど越しが良いから熱っぽくても食べれるはずや。俺も一緒にここで食べてもいいか?」
「うん。いいよ」
うっすらとだしの効いた粥は身に染みた。小さい頃に似たような味をたべた気がする。あれは母さんの手作りだったか……。
「ど、どうしたんや! 熱かったんか? まずかったか?」
「へ……? 何が?」
「何がって。泣いてるやないか」
ハジメがそっと頬を撫でてくれた。そこで初めて自分が涙を流していることに気づく。
「あれ? 僕なんで……」
「すぐる。おそらくやけど、このしばらくの間で身の回りに起こったことに対して心と体が追い付いてないんやと思う。俺は出来る限りすぐるから不安なものは取り除きたい。頼むから今不安に思ってる事を全部俺に言うてくれへんか?」
「不安に思っていること?」
「もし俺に言いづらいなら今から朝比奈を呼んでもいい」
「いや。ハジメに言いづらいことなんてない」
朝比奈とハジメが仲良くしているところを見る方がつらいかもしれない。
「…………」
「すぐる。そっちに行ってもいいか?」
「……うん」
ハジメがベットの端に乗り上げてきた。
「手を握ってもいいか?」
「どうぞ」
ハジメがそっと僕の手を握ってくれた。まるで壊れ物を扱うみたいだ。
「すぐるをここに連れてきた時。俺が触ろうとしたらパニックになったん覚えてるか?」
「え? 僕が?」
なんだそれ? まったく記憶にない。僕が二日間目が覚めなかった時のことだろうか。だから僕に触れて来なかったのか?
「医者が言うには精神的なものやろうって。すぐるは小さい頃から嫌な記憶や辛い感情を胸の内にため込んでいたんじゃないかって。でもそれはすぐるのせいやないで。ため込みすぎたらいつか壊れてしまう。そうなる前に少しづつ吐き出すんや。今すぐるが一番心配してることはなんや? 誰にも言わへん。ここには俺だけや。今胸に溜まってる事を話してくれへんか?」
「胸に溜まっていること?」
「例えば俺に聞きたい事とか」
「ハジメに聞きたい事……でも」
「あるやろ? 顔に書いてあるで」
「え? うそ?」
僕が顔に手を当てるとハジメがくくくと笑い出す。
「そんなわけないやろ~って突っ込んでくれ」
ああ。関西のノリとツッコミってやつなのか。
「やっと笑ったな。今朝はずっとすぐるの笑顔が見れてなかったから笑わせたろうって思ってたんや。へへへ」
ハジメは優しい。出会った時から僕にいろいろと手を貸してくれる。僕を救うために現れてくれたような気さえする。でもだめだ。ハジメは朝比奈とつきあっているんだ。これ以上頼り切って困らせてはいけない。
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