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第一章 ハジメとすぐる 1-1 新生活
注)本編は関西弁が主に出てきます。
ある夏の昼下がり。大学生の僕、秋葉原すぐるは学食のカフェテラスで遅めのランチを食べていた。大学進学のため東京から関西に移り住んで早いもので3ヶ月あまり。少しずつこちらの生活にも慣れてきたところだ。
僕が通っているこの大学は総合グローバル芸術大学と言って他方面に係るデザインや文化芸術などの育成にたずさわる国立大学だ。
学生の割合比率は優秀な才能を持つアルファが多い。だけど推薦枠や一般枠も充実していてベータやオメガも通える大学だ。そこに今回僕が在学しているアニメ映像デザイン科が新設された。CGアニメやアバターや各分野のキャラクターの動きや表現方法などを勉強しデジタル化を促進する役目を担うらしい。
「よう! ここあいてる?」
「え? はい。あいてますが……?」
反射的に声をする方を見ると、にこにこと笑顔で作務衣を着た青年がドリンクを片手に立っていた。すっと通った鼻筋。男らしい太めの眉に切れ長の瞳。布の上からでも程よい筋肉がついてるとわかる体形。おそらくアルファなのだろう。
昼を過ぎた学食はガラガラで人もまばらだ。別にココでなくてもあいてるのにと不満気に思っている僕を横目に、よっこらしょっと目の前に座ると話しかけてきた。
「なあ、あんた、長谷川教授の授業とっとるやろ?」
1年の前期は全学科総合カリキュラムを受けないといけない。
その中のひとつの担当が長谷川教授だった。普段からダブルのスーツを着こなした紳士的な教授で新入生からの好感度も高かったはずだ。
「はい。そうですが?」
(なんだ唐突に? 同じ授業をとっていたのか? 何か気に障る事をしたのだろうか?)
「きいつけや。あいつあんたのこと狙っとるで」
「はあ?」
思いもかけない言葉に呆けた返事をしてしまった。
「あの。狙っとるとはどういう意味なんでしょうか?」
「あいつ、あんたみたいな大人しそうで綺麗な子に弱いんや。そやさかい、声をかけられてもついていったらあかんで。絶対に」
「あ、あの、それはどういう?」
「ん? わからんか? あいつにバース性は関係ないねん。あいつはな、男女関係なく、ベータでもアルファでも自分が気に入った綺麗な子にはちょっかいだしてくるんや」
「ちょっかいって? どういう意味でしょう?」
「下心があって言い寄ってくるって意味や」
「は? えええ~?」
「なんや、ほんまに知らんかったんか?」
「いや、だって。僕は綺麗とかそんなことはありませんから」
「何言うてんねん。あんたはなかなか別嬪さんやで。あれか? 自分の良さに気づいてないっていうやつか?」
高校時代、僕はオタクまっしぐらだった。髪も伸ばしっぱなし。人とコミュニケーションをとるのが苦手で、目立たない様に伊達眼鏡をかけいつも下を向いていた。そんな感じだったから誰からも綺麗だとか別嬪さんなどと言われたことはない。それに僕はベータだ。
大学生になるのだからとイメチェンをかねて髪を切って眼鏡を外しただけである。
「か……からかうのもいい加減にしてください!」
「からかってなんかないぜ。俺はこの大学は付属の高等部から通っとるさかい。あいつの悪評は耳に入っててん。みすみす目の前で善良な同級生が食われるのを見過ごせないだけや」
「うそ……同級生なの?」
大人びた風体だったので、てっきり先輩だと思っていた。
「なんで嘘言わなあかんねん。いや、こっちこそすまんな。突然まくしたてられて、おっかなびっくりやわな? ごめんやで。かんにんしてな」
へへへと笑う顔は案外可愛かった。結構良いやつなのかも知れない。
「俺1年の難波って言うねん。名前は壱と書いてハジメと読むんや。難波壱〈なんばはじめ〉」
「はぁ。えっと、僕は秋葉原すぐるといいます」
「すぐる君かぁ。ええ名前やなあ。なぁ。すぐるって呼び捨てにしてもええか? 俺のこともハジメって呼んでくれや。友達になろ!」
「う……うん。別にいいけど」
「そうか! ほな名前で呼んでみてや」
「えっと。ハジメ君?」
「ちがうちがう。ハジメって呼び捨てにしてくれ。堅苦しいのは嫌やねん」
「は……ハジメ。あの……これでいいかな?」
「うんうん! ええで! すぐる! 今日から俺らは友達や!」
これが僕とハジメの出会いだった。
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