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「……うそです……そんな」  違う。そんなはずはない。だって母さんはいつも……。 「ハジメ? 大丈夫か?」 「母は、大好きだった人との子供だから産んだのだと言ってました」 「では、そのアルファのことが好きになったのだろう、番になったのだから」 「違う! それは違います。母さんのうなじには歯形なんかなかった」 「歯形がない? いや、だって僕は見たんだ。梓の首の後ろには噛み跡があった。赤く腫れたあの首を僕は忘れたことはない」 「そりゃおかしいな。赤く腫れた噛み跡か。それだけでその話を信じたというのか?」 「ええ。だって番になるのってうなじに噛みつくんですよね?」 「実際には肉を抉りそうなぐらい噛みつくんだがな。なあ? じゅん」 「……そうや。でも噛まれたオメガも痛みよりも多幸感でいっぱいになるんやよ」  朝比奈がため息がちにシャツの襟元を大きく広げうなじを見せた。そこにはくっきりと歯形が深く刻まれていた。ボコボコと断面になっている。凄く痛そうだ。 「お前! 噛まれたんか?高塚さん、結婚前やのに噛みついたんやな! 絶対に朝比奈を幸せにしろよ! 責任取らな俺が許せへんで!」  ハジメが今にも掴みかかりそうないきおいで怒鳴る。それを見て朝比奈が苦笑する。 「ハジメ君に言われなくてもじゅんのことは誰よりも幸せにするつもりや」  高塚が顎をあげて威嚇する。 「高塚。ハジメだけやない。僕もそれはちょっと許しがたいな」  ハジメ父からも威圧のようなものが流れる。アルファのチカラなのか?ちょっと息苦しい。 「難波くんまで。僕のことを信じてないんか?」 「そうは言うてないが。じゅんくんを僕ら親子は小さい時から知ってるし、あの親から離したかったからな。我が子と同じ歳の子がバース性に縛られてるのを見るに堪えられへんかってん。僕はじゅんくんの事もハジメと同じくらい大事に想っとるよ」 「……親父さん……ありがとうございます」  朝比奈が涙ぐむ。高塚が眉をさげた。 「うちの兄貴よりもじゅんの親らしいことを言ってくれる。だから僕は難波くんには頭が上がらないんや。僕が何の力も資金もない時に、じゅんを守ろうとしてくれてたのはハジメくんと難波くんだったことはホンマに感謝してる。今回の騒ぎも僕が口止めしなかったのも悪かったしな。僕にも非があるんや」 「あ~蒸し返してくれるな。そこは僕ら大人のチカラでなんとかしよう。それと全力で素晴らしい結婚衣装をつくりあげるから許してくれ」 「もちろん。期待してるよ」 「さて、草壁。これと同じ噛み傷やったんかな?」 「…………そんな……」  草壁が顔面蒼白になっていた。 「その様子だと違うみたいやな。ふうん。すぐるくん。かつらを取ってくれるか?」 「かつらをですか? でも朝比奈さんがせっかくセットしてくれたんですが」 「そうか良く似合ってると思ったらじゅんがセットしたんか。それでも取ってくれへんかな」  僕はハジメの手をかりてかつらを外した。何をする気だ? 黙って手伝ってくれたという事はハジメも何か気づいてるみたいだ。
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