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校庭に設置されたステージの前には、かなりの人だかりができていた。数十人いるんじゃないか。彼女はステージの端から端まで動きまわる。
〝嬉しいから、楽しいから、自然に手叩いたり、足鳴らしたり〟
嬉しい楽しいが服着て歌ってるみたいで彼女らしい。
左側でギター鳴らしてるのが例の先輩か。ステージ中央に戻ってきた彼女と、弾きながら声を合わせて――彼女が右手に持った一本のマイクで二人一緒に歌うから。ちょっと待て。モヤッとする。いや歌ってるから、歌詞だから、わかってるけど。その距離も、告白みたいな甘い言葉も。
でも見せられると。
〝切ない恋心が溢れたり。見つめ合って、愛を囁きかわしたり〟
ホントにその気ないのか?
近いだろ。モヤっと点火した導火線を、近い近いとモヤモヤが一直線に駆け抜ける。あっという間に膨らんだムカムカに達して爆発した。
「近すぎんだろこんちくしょう」
何しろステージ前方にどんと構えたスピーカーから大音量が流れているんだ。観客が片隅で叫んだって絶対聞こえるはずない、と思った。なのに。
すぐさまこちらに顔を向けた彼女と、人混みを飛びこえて一発で目が合った。
「マジか」
まさかだろ。聞こえたのか? いや待て、待て待て、間奏入ったからってマイクをスタンドに置くな。ステージ横切るのもまずいだろ、まだ出番の途中だろ、何やってんだって。先輩も他のメンバーも目丸くしてるじゃないか。ステージ降りるなよ――ヤバいヤバい、これはヤバイ。
「なんで聞こえてんだよ」
焦って一目散に逃げだした。
全速力で川原まで走り続けて力尽き、棒になった足に両手をつく。息もまともにできない。がんがん鳴る心臓が痛い。
「ぅお」
背中にぶつかられた。彼女だ。
「何やってんだよ」
「ちゃんと、代わり、頼んできたよ」
「そうじゃなくて、いやそれはそれでよかったけど、なんで、くっつくんだって」
「誰よりも、透真くんに。いちばん、透真くんの近くに、いたいからだよ」
「わかった。口で言ってくれればわかるから。いいから離れてくれ、落ち着かないから」
あぁもうマジで穴があったら入りたい、
「なんで聞こえてんだよ」
「本気で歌ってくれたからだよ。私のためのラブソングだよね」
「いや勝手に、決めつけられても」
そうとられても仕方ないようなことを口走ったかもしれないけれど。
「ものすっごく顔赤いよ。熱あるの? 大丈夫?」
「平熱だよ。全然心こもってないぞ、どうせ心配してないだろ。わかってて面白がってるだけだよな、ホンットいい性格」
「おたがいさまだよ」
否定できない。Tシャツみたいに胸のど真ん中に君の笑顔がプリントされていて。会えない間も、君のことばっかり考えてたとか、君の笑顔を額縁に入れて永久保存版くらいに大事にしたいとか、思ってるけど言わないからな。絶対に。
いつまでも離れてくれない君に、いい加減にと視線を向けた肩越しに、口の中でふわりとろける砂糖菓子を食べたみたいな最高に幸せそうな笑顔見たら。今にも抱きしめそうだけど。
終
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