ってキミが歌うから

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 次の日も、放課後練習が始まる前に教室を出た。練習あるんだけど、と廊下でクラス委員に遠慮がちに呼び止められる。文化祭の準備や、試合前で部活が忙しいやつも放課後はそっちに行くから、全員参加なわけでもないのにと思うが、帰宅部という弱味もあり、口に出さずに用事があるとごまかした。足は今日も川原に向かう。  ホームルームと昼休みの練習は出てるからいいだろう。パートリーダーには断ったし別にいいじゃん、なのだが、はっきり反論するのもためらわれる。過去に冷たいの怖いの言われてきたからな。加減がわからないんだよな。特に女子。感じ悪いくらいなら構わないが、怖がらせるのは忍びない。 「あー!」  とりあえず一声出して、モヤモヤを大空に溶かす。  人も楽器、か。人にも鍵盤ついてりゃ、正しい音も簡単に出せるのにな。昨日の彼女のように自在に。あのときの鳥肌と鼓動を思い出しながら、小さく声を伸ばしてみる。不意に現実に新たな声が重なった。 「まーたー サボりー?」 「ぅお」  昨日と同じ笑顔が、今日も当然のように隣に座りこんだ。 「ミュージカルか」  セリフが歌になってたぞ。 「今日の歌いっぷりはなんかニュアンス違ったね。昨日までのはどりゃー! で。今日のはおりゃー! ってカンジ」 「どりゃー、とおりゃー、でどう違うんだそれ」 「昨日までのはこう、バーン弾けてたけど。今日のはちょっとこう、輪郭がわんわん、って、ちょっと勢いがないな」 「よくわからないけどなんかすごいな。当人の俺が自覚なく叫んでるだけなのに」 「モヤモヤ残ってる感じ? 練習サボってなんか言われた?」 「パートリーダーには話つけたから別に」 「そうなんだ」 「個別で練習したら歌う気ないのバレるだろ。文句言われないうちに先に言った。迷惑かけるから声出せないけど、遠目には歌ってるとしか見えないように、全力で口パクしてみせるって。そしたら、パートリーダーのやつが、俺も演劇になったら絶対嫌だったってむしろ同情してくれて。話早くて助かった」 「へぇ。よかったね」
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