ってキミが歌うから

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 なので、次の日は。  先に座っている姿を川原に見つけて咳払い。振り返った彼女に名乗る。 「草野(くさの)というんだが」  聞くならまずというやつだ。 「花実(はなみ)。簡単な花の字に、実るって書くの」 「花実さんか。変わった苗字だな」 「名前だよ」  待て待て。 「なんで苗字を名乗った相手に下の名前を教えるんだよ」  苗字には苗字だろ普通。 「呼んでほしいからじゃない?」 「いやいろいろ、順序がおかしいだろ。付き合ってる男女じゃあるまいし」 「じゃあ付き合おうか、透真(とうま)くん」  前半の冗談は、後半の衝撃で吹き飛んだ。 「なんで俺の名前知ってんだよ。名乗ってないだろ」 「文化祭で合唱やるクラスで練習サボってる男子、って聞きまわったらすぐわかったよ」 「なんだその行動力」 「座らないの?」  手で隣を示され、間をおいて腰を下ろすと間を埋めてくる。 「距離感近すぎるって言われないか」 「初めて透真くんに言われたよ。誰にでもじゃないからね」 「落ち着かないから苗字にしてくれ」 「えー。内心呼ぶから出ちゃうかもな」 「出さなくていい。いっそ草野を名前だと思えばいい」 「どっちも名前ならどっちでもいいじゃない」  けらけら笑って、自分の苗字を教える気もないらしい。 「大丈夫。そのうち慣れるよ」 「なんの大丈夫だよ」  溜息が出た。彼女と過ごすととにかく疲れる。特に心臓。感情があちこち動いて忙しいから、ちょいちょいひっかかる言い回しは全部スルーだ。じゃないと身が持たない。
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