ってキミが歌うから

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 〝想いをのせた声は歌になるよ〟  彼女の言葉に感化されてか。もういい、と背中越しに絞り出された声が。  雨降る夜に不在の人を想って一人涙を流す曲を連れてきて。ひたすらリピートされて。泣き出す直前で顔を背けた彼女が頭から離れなかった。  文化祭当日は、ちゃんと口パクをやりとげた。口パクより、シャドウシンギングとでも言えばカッコいいのにと思った。カッコつけたって口パクだけど。  話したらきっと笑ってくれると思うのに。  体育館を出て、渡り廊下を教室へ向かう。ダンダンと試し打ちのようなドラムの音がどこかで聞こえた。  もともと校内で見かけたことがなかっただけあって、あれから彼女と全然会わない。鈴木さんに聞けばクラスはわかるだろうけど、会ってどうしたらいいのかわからない。  あんな顔させたかったわけでも、本当に断る気あるのか疑ったわけでも、なかった。  友達は大事だろうけど。友達に遠慮して、後から実はとかなって。彼女に後悔してほしくはなかったから。自分の気持ちと向き合った方がいいって、言うべきと思ったことを言っただけで。言い方きつかったかも、というかきつかったよな、わかってるけど。それまでが気兼ねなくしゃべってたから止まらなかったんだ。悪かったと思ってるんだけど。  あ。届いた音声に顔を上げる。彼女が歌ってる。軽音部、外でやってんのか、校庭へ視線を投げてもここからは見えない。ギターとベースとドラムに合わせて澄んだ高音がマイクに響いた。さすがだな。モヤモヤとかやりにくいとか言ってたわりにきっちり演奏に合わせてる。耳を傾けながら、なんとなく。あのとき重ねてくれた声はもっと自由に伸びてた気がした。  あんな風に、君が合わせてくれたから。正面から顔と体を向けて笑顔で受けとめてくれてたから。話しやすかったんだよな、俺。  君が聞こえてくる方へ。進む向きを変えた。  踏み出した足が回転数を上げていく。言い過ぎたのを後悔してるから。謝りたい。
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