ってキミが歌うから

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 通っている高校から、最寄り駅までの帰路を左にそれると大きな川がある。  川原にできた一メートル幅の小道がちょうどいいらしく、気候がいい季節の午後は、身軽な服装の老若男女が行き来する。桜並木や川べりが、緑の葉と草に覆われた五月半ばの今もそんな時期だから、視線を左右に走らせて確認した。  散歩なし、釣りなし、ジョギングなし。よし。思い切り息を吸いこむ。  イヤホンから流れるアップテンポなバンド曲もいよいよサビにかかったところだった。 「あー!」  目を閉じて思うさま放つ。  瞬間、空気を震わせた大声が、頭上の大空に拡散して吸収されていく。見届けて、小道と川の間の草むらに腰を下ろした。いいなあ。耳の中に鳴るお気に入りの音楽に浸りながら、額を撫でる水際の風を吸いこんだ。俺は歌は得意じゃないけど、聞いてるだけでいい。サウンドに身を委ねて仰向いたとき。 「いい声してるね」  ちょうど君の笑顔があった。さかさまに。 「ぅお」  誰だ。そしてなんでフツーに隣に座るんだ。 「昨日もその前も歌ってたよね」  確かに昨日も一昨日もここに寄り道したけど、 「なんで知ってるんだ」 「私あっちにいたから」  彼女は対岸の橋寄りの場所を指さす。 「いたのか」  こっち側の人通りばかり気にして対岸はノーマークだった。同じ高校の制服で、同じネクタイの色は同じ二年生、だけど。初めて見る顔。まあ、廊下ですれ違ってたとしても俺がほとんど周り見てないからな。同じクラスにならなければいても認識してない。 「君の声、なんか力強くてスカッとするからさ、誰が歌ってんのかなって思ってたの」  ほめられても、声を出してただけで、 「歌ってるわけじゃない」 「叫ぶほど想いがのれば、声は歌になるよ」  輝く瞳と輝く頬で、君は笑みを満面に広げた。 「ほら、今見てる、青い空の下で緑の中を川が流れる、何気ない景色が絵になる瞬間てあるじゃない。そういう感じ。別に詞になる整った言葉はなくても、声は想いを届ける歌になる」  思わず聞き入ってしまった。 「雨とか風とか。ピアノもフルートも、いい音色だし、耳に入る音っていろいろあるけど。私、人の声がいちばん好きなんだ。その人ごとに温度があって湿度があって、表情がある。歌うと人も楽器みたいだよね。息吸って喉響かせて。腹の底からわき出した声に触れるとさ。心の奥まで触れそう。本音に」  ホントに好きなんだな。ひしひし伝わる語りっぷりに感心した。
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