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2.焼きたてパン、それと決闘
天気いいねえ今日の一限はなし、と天気が良いと一限目の授業が無くなる関係性はよく分からなかったがとにかくそう教師が告げたので早々に自習になってしまう。
生徒たちは各々自習を楽しんでいた。
「リリーさん!こっちこっち!」
クラスメイトの女生徒たちに誘われ、リリーは校庭の木陰に腰を下ろす。
「昨日廊下でヴィントさんといちゃいちゃしてたって本当?」
んん?ちらっとフィアナを見ると真っ赤な顔をして、言ってませんわ言ってませんわ何ですのあなたたちわたくしお会いしていたと言ったんですのよと早口で捲し立てている。
なるほど、とリリーは合点して、
「どうだったかしら?」
とそっぽを向いてにやりと笑った。
ええー!聞かせてよお、と盛り上がるクラスメイトたち。
真面目で義理堅いフィアナの性格からして言いふらすということはないだろう。
とすると、この好奇心旺盛なクラスメイトたちがある事ない事言い募って話を盛っているのだ。
ロマネスト産まれの住人である生徒たちは、基本他人に無関心だ。
それは皆魔法が使えるから困る事はないだろうと思い込んでいて、助け合いの精神が大いに欠如しているのだ。
それでいて探究心が強く何でも知りたがる面もあり、詮索に余念がない。
女生徒たちは歳頃でもあるので、恋愛面に関しては殊更追求したいようだ。
他の惑星からやってきた留学生であるリリーは最初は面食らったが、上手く付き合っていけばなんて事はない。
何しろ悪意がないのだから。
「ひみつなの。ふたりきりの」
そうリリーが言うときゃあと皆湧き上がる。
「そこを何とか」
「購買でパンを買ったわね?」
「バレてるー!」
収納魔法でしまっていたパンやら飲み物やらを皆取り出してお茶会が始まる。
朝ごはんは皆寮で食べていたが、焼きたてパンに適うものはない。
フィアナはリリーに寄りこっそり謝罪した。
もうパンの話だから、と二人で笑い合う。
ロマネスト特有の国民性の難解さは、同じく留学してきたフィアナと分かち合うにかぎる。
「いいなあ、ヴィントさんみたいな恋人。あのつれない感じが素敵よね」
「乙女なだれも乙女固めも効かないって」
ははは、とリリーは乾いた笑いを漏らす。
乙女なだれとは、あぁん眩暈があ、と突然女生徒がくらっと男生徒の胸に倒れ込んで誘惑するこの学校伝統のたらし技らしい。
ところがヴィントは女生徒の髪の毛一本すら触れず、相手を魔法でさっと体勢を整え立たせると気分が悪いのなら医務室へ、と去っていってしまう。
乙女固めも同様、いやーんつまずいちゃったあ、と男の腕を絡め取り胸を押しつけるそうだがこれも成功しない。
後ろに目があるのではと思うほどするりとかわし、女生徒が勢いあまって壁に激突しないようやっぱり魔法で体勢を整えると気をつけるように、と顔も見ず言われてしまう、そうだ。
「でもリリーさんにはめろあまなのよね!」
きゃあきゃあともてはやされ、なんともむず痒い。
と、急に女生徒たちはずりずりと体勢を変えるとリリーの後ろにめり込むように隠れ、前に押し出される形になったリリーはちょっと、と抗議の声を上げる。
「お前がリリーベル・トワイユか」
いつの間にか正面に男生徒のが立っており、はっと顔を上げる。
ものすごく上げる。
思ったより相手の体格が大きい。
「はぁ……私、ですが……」
リリーは困惑して相手を見つめる。
相手は狼のような獣人の生徒で、確か一年にそんな学生が入学したと噂になっていたのを思い出した。
学園内は半獣人が多く、上から下まで獣の様相の獣人は珍しい。
「お前に決闘を申し込む」
「けっ、とう……!?」
リリーの背中の左右から顔を覗かせた女生徒たちが驚いて声を上げる。
じろりと獣人の男生徒に睨まれ、ひゃっとまた背中に隠れ直した。
「あのう……その、身に覚えが無いんですが……」
男生徒は一息吸うと、叫んだ。
「貴様に無くとも俺にはある!!」
かなりの剣幕で── びりびりと校舎の窓が振動するほどの大声で叫んだので、女生徒たちは悲鳴を上げ、校庭に佇んでいた他の生徒たちも思わず何事かと近づこうとする。
「わ、わたくしヴィントさんを呼んで来ますわ」
慌てて立ち上がるフィアナを女生徒が引き止める。
「隣のクラスは校外授業でいないよ!」
「こ、恋人が不在時に決闘をけしかけるなんて卑怯ですわ!」
ちょっと、と相手を刺激したくなかったリリーはフィアナを諌めようとするも、
「俺は卑怯ではない!!」
と男生徒は再び叫んだ。
あまりの声量に窓ガラスがびりびりと震えるだけにあきたらず、びきっとひびが入った。
フィアナはやや血走った目で校庭を見回し、目に入ったクラスメイトの男生徒にこっちに来てと合図した。
俺?俺!?と男生徒は否定の意でぶんぶんと首を横に振る。
獣人の生徒は後輩にあたるが、縦も横も体が大きく、絶対間に割って入りたくない。
いーから!早く!とフィアナを含め女生徒が必死に身振り手振りで呼び込むも皆首を振るばかり。
「分かりました。受けて立ちます」
えええ!?と女生徒たちのどよめきも意に止めずリリーは承諾する。
「場所は中央演習場だ。教師の許可は取ってある」
使用許可の紙に、使っていーよ──クルカン・アウラングと雑にサインが書いてある。
…あのクソ教師……!
うさんくさい笑みの深緑髪の褐色肌の教師の顔が浮かびリリーはひくりと顔を引き攣らせる。
「では後ほど」
「逃げるなよ」
獣人の男生徒が立ち去った後、こーの薄情者!役立たず!とべしょべしょに女生徒たちから折檻を受ける男生徒たちを後目に、一体どこで恨みをかったのかしらとリリーは思考を巡らせた。
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