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3.鳩と狼
同じ留学生という事でフィアナとリリーは寮で同室だ。
惑星エライユという、ロマネストから見れば果ての果ての果て……からやって来たリリーは毎晩故郷と通信しているようだった。
というのも箱型のベッドに備え付けられたカーテンを引き、防音の魔法で通信をしているので相手の声もリリーの声も聞こえていない。
フィアナがリリー本人から故郷と通信している、と聞いただけだ。
通信が終わるといつも目元を赤くしていた。
誰よりも優秀な才女も、故郷を離れれば心細いのだろう。
フィアナは更衣室の前の廊下を行ったり来たりした。
決闘を行う為着替えているリリーを待つのは気が気じゃない。
ここにきて弱気になって泣いたりしているのではないかと心配してしまう。
「フィアナさん。どうしたの?」
運動用の開襟ブレザーとパンツ、ポニーテールに髪を括って出てきたリリーは普段通り元気そうだ。
「どうしたもこうしたもありませんわ!……あなた、本当にやるんですの?」
「そうね。私の方には戦う理由はないんだけど……」
はぁー、とフィアナは大きくため息をつく。
「ヴィントさんが来てからのリリーさんは本当に無敵の人ね」
「やる気でちゃう」
むん、とリリーは力こぶを作ってみせる。
リリーと同郷だという恋人のヴィントが遅れて留学生としてやって来ると、リリーはますます精力的に運動も勉強も取り組んだ。
あらゆる科目で一位を取りまくり、男生徒は錯乱して「高嶺の花だと思ってたら星だった」などとわけの分からない事を言い出す始末だ。
「……くれぐれも、無茶だけはしないでくださいね」
うん、とリリーは笑顔で返事をすると演習場に向かって行った。
演習場に一人待つ獣人の男生徒にリリーは向かい合って立つと、口元に手を当てて少し考え込んだ。
「武器を構えろ」
「名乗っては下さらないんですか?」
男生徒は左手のグローブをリリーに向かって脱ぎ捨てると名乗った。
「……アルドラ・グレゴリーだ」
やはり記憶に無い名前だ。
「リリーベル・トワイユです」
リリーは名乗ると開戦の合図──グローブを拾い上げ、模造刀を構えた。
審判役の生徒が始め、と声を上げる。
先に動いたアルドラは巨体に似合わず素早い。
リリーの背骨に向かって体を使い、一撃を送る。
リリーは有翼種……翼がある種族なので飛ばれれば不利だ。
背を砕いた所で、魔法で癒せるのだから問題ないだろう。
「!」
リリーは風に揺れる木の葉のように滑らかな動きで一撃を避ける。
双方互いの速さに驚いたようで、目線が合う。
アルドラはぐんと地面に向かって落とされ、背中が地面についた所で始めてリリーが自身の肩に飛び乗り足技で絞め落としたのだと気がついた。
だが軽い。あまりにも軽い。
「何何何、何が起きたの!?」
「全然見えなかった……」
悲鳴を上げ顔を覆いつつもがっつり開けた指の隙間から決闘を見守っていた女生徒は男生徒に説明を求める。
わっと上がるギャラリーの歓声の中、い、いや俺も何も……と男生徒も戸惑った声を上げる。
アルドラの予備動作なく仕掛けた足払いも、体重をかけた剣戟もリリーには通じない。
少し予想外だが、リリーは授業以外の何らかの戦闘行為の経験があるのだろう。
「……意識も落としたつもりだったんですけど。魔法も剣も通さない体皮の硬いウェアウルフって、噂通りなんですね」
「あんたも早いな。天空の覇者」
あんまり呼ばれたくない二つ名で呼ばれてリリーはげんなりする。
「そもそもリリーさん、何で決闘なんて申し込まれたのかしら……」
観戦していた女生徒が首を傾げる。
「そういえば、昨日後輩泣かせてたって話聞いたけど……」
ひとりの男生徒の呟きにええっと周囲からどよめきが起きる。
「あの、お人好し代表みたいなリリーさんが!?」
「俄かに信じがたいですわ……」
行動を共にする事が多いフィアナも口に手を当てて驚く。
「昨日だって溺れた子を助けてなかった?」
はっとして皆顔を見合わせる。
「助かった子、泣いてたから医務室に連れて行ったって……」
「泣いてる子を人気のない方に連れて行ったって……」
まさか。
盛大な勘違いがあるのでは──……
ギン、と金属音が響き、演習場にどよめきと悲鳴が起こる。
「あ、あれ、真剣じゃないか!?」
切り落とされたリリーの模造刀を見て男生徒が叫んだ。
「先生は来ていないんですの!?」
フィアナが慌てて他の生徒に問いかける。
「クルカン先生が行けたら行くねーって…」
「ナンパをあしらう女性みたいな事言ってますのっ!?」
この非常時に……と呟く間にリリーは壁際まで追い詰められている。
リリーの顔横に剣が突き立てられ、演習場から一層大きな悲鳴が上がる。
「……ここは魔法学校ですから、剣より魔法の方が評価が上がりますよ」
特に動揺した様子もないリリーの表情にアルドラは余計逆上する。
「降参しろ。詠唱の合間に首を掻き切るぞ!」
興奮して声に獣の唸るような咆哮が入り混じる。
「試してみますか?」
その問いにアルドラが答える事は無かった。
誰も目を開けられないような眩い閃光が演習場全体を包み込む。
アルドラはがくんと膝を崩し地面に着いた。
「真剣は私物でしたか?壊してしまってごめんなさい」
リリーの穏やかな声が続く。
アルドラは目を動かす事も適わず、ただぱらぱらと砕け散っていく剣が体の横に落ちるのをかろうじて視界の端に捉えた。
リリーも膝をついて向かい合って目を合わせる。
「多分、何か勘違いがあると思うんです。決闘するような理由がありませんから。回復したら、話し合いましょうね」
アルドラは返事をする事も適わない。
指先おろか、舌すら痺れて動かす事が出来ないのだ。
無詠唱の雷魔法──……
学年一秀才の名は噂に留まらず、圧倒的な力の差を見せつけたリリーはアルドラを校医に託した。
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