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5.良い祝日を
校内に戻ったはずのリリーの姿が見えない。
フィアナは新聞を持ってリリーを探していた。
明日は祝日で学校は休みだ。
リリーは寮に外泊許可を取りヴィントが住んでいる西区の邸宅に帰るのだという。
別に祝日が終われば同室のリリーとはすぐに会えるのだ。
別に探している訳ではない。
別に……
廊下をさまよっているとクルカンの研究室から話し声が聞こえる。
何か知ってるかもしれない、とフィアナは入室した。
「貴様……何が任された大丈夫だ何も大丈夫じゃ無かっただろうが!」
ヴィントがクルカンの襟首を掴みがっくんがっくん強請っている。
「はー……疲れちゃいました何かお菓子とか無いんですか?」
教師用の革張りのリクライニングチェアにふんぞり返って座ったリリーは気だるげに教卓の引き出しを上から無造作に開けていく。
「……あの……おふたり?一応その方は教師なんですけど……」
フィアナがやんわりとリリーとヴィントに忠告すると、リリーはやだ鍵開いてた!?と慌てて居住まいを正し、
「あ、あらフィアナさん。どうかしたの?」
と聞いた。
ヴィントはちらりとフィアナを一瞥したが継続して窓から突き落としてやる!と穏やかではない文句で脅した。
教師教師、その人教師だから。
「同郷!?お三方が!?」
フィアナは口に手を当てて驚く。
いやー、お見苦しいところを見せちゃって、とばつの悪そうに頭をかくリリー。
「…何となく納得がいきましたわ。先生はリリーさんにだけどうして厳しいのかと思っていましたけれど…」
「いや同郷でも反省文は規定通りに出すよ僕?」
と、クルカン。
そこじゃありませんわ、とフィアナ。
「何故かリリーさんにだけ言葉尻に棘があるなとずっと思っていましたの。人当たりの良いリリーさんもクルカン先生にだけはそっけないですし」
あれは仲が悪いとかそういう意味合いではなく、旧知ゆえの遠慮無い間柄だったのだろう。
「お二人はクルカン先生を追ってこの学校にいらしたんですのねあっ違う?申し訳ありません本当に……」
この学校にいらしたんですのねと言った瞬間にリリーとヴィントはすんごい顔をした。
今時時代劇でも見かけない激渋顔だ。
「ぐにゃってる先生に活を入れに来たんですのね」
訂正するとうんうん、と首を縦に振って肯定する二人。
「君たち本当に僕の事好」
言葉の途中で瞬時にヴィントがクルカンを掴み上げ、リリーは窓を開けようとガタガタした。
「……リリーさんその窓は嵌め殺しですわよ……」
その前に教師を投げ捨ててはいけない。
「ところでフィアナさんはどうしてここに?」
「あー、えっと……」
帰宅前に話したかっただけとは言い出し辛い。
「そうそう、あのね、新聞で見かけたの、これこの間話してたはちみつ石鹸じゃない?」
リリーは言いながら教卓の上にあった新聞を取り上げフィアナに見せる。
と、フィアナも同じ記事を持っている事に気がついた。
一緒、この話をしようと思ってた!と、リリーはフィアナの手を取ってにこにこした。
町に行く時に石鹸お土産に買ってくるからね!と屈託なく笑うリリーとヴィントに別れを告げるとフィアナは廊下で二人を見送った。
「きみは実家に帰らないのかい?人魚のお姫さま?」
クルカンの問いにフィアナはついと目線を滑らせる。
「わたくしは……──」
フィアナは目を逸らしたまま言い淀んだ。
ふんふーん、とリリーは鼻歌を歌いながら歩き、ソファーで新聞を読みながら座っていたヴィントの膝の上に座った。
「じゃじゃーん!見て!」
見てと言われても、部屋着からのぞく白い太ももを見ればいいのか胸元を見ればいいのか常識的に考えてその手のひらに乗せられた紐を見るべきなのは分かるが、
「情報量が多い」
ヴィントはリリーを抱きしめた。
えぇ?とリリーはくすぐったがって身を捩った。
「ワンピースの紐が取れちゃった」
「そのワンピースは?」
「二階に置いてきちゃったのでまた取りにいくところ」
そう言うとリリーはまたふんふん鼻歌を歌いながら二階へ戻っていった。
生徒会長からの猛攻、突然の決闘などとにかくストレスが多く、いっそ祝日は街中をいちゃいちゃしながら練り歩いてやろうかと若干やさぐれて考えた二人だったが、そんなことよりもお互いの事だけを考えて過ごそう、と思い至り今日はそういう日だ。
魔法を使う身でありながら魔法みたい、とはおかしな話だが、何をどうやったのか爆速でリリーに追いついて留学先にやってきたヴィントはロマネストに立派な邸宅を構えている。
元々リリーが留学先で息抜きできるよう寮以外の場所は用意するつもりだった、とは言っていたが。
謎は残るものの、今ではすっかり自分の家のようなつもりでリリーは馴染んでいる。
持ってきたよ、と取れた紐直しをヴィントに任せ、リリーは後ろからヴィントの首に腕を回しすり寄った。
「髪が伸びてきたね」
「再来週がテスト期間だから来週に、」
なるほどー、とリリーはヴィントの前髪の毛先を摘む。
再来週から始まるテストに備え、勉強に本腰を入れる来週に切ると言う意味だろう。
じゃあ切り合いっこしようね、とリリーは約束を取り付けるとワンピースに着替えにまた二階に登っていった。
ここで着替えてもいい、と声をかけるのはハラスメントかスキンシップか。
ヴィントは二つを天秤にかけ、一度落ち着こうと脳内から今週のリリー可愛いシーンを引き出す。
キスして欲しそうに佇む廊下で、丸い瞳に映るマリンスノー、上機嫌の鼻歌、膝に乗る太ももこれは邪念、生徒会長に手を握られ月夜ばかりと思うなよ……!
ヴィントは立ち上がると二階に上がった。
脳内天秤をぶち壊し、代わりにかけ引きの結論を置く。
扉をノックして入っても良いか交渉を持ちかけるのは、悪い事ではない。
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