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6.透明が見える
足取り軽やかに歩くリリーと手を繋ぎ、会話する。
邪魔が入らない何ともない日常が心地よい。
「──それで、そのはちみつ石鹸なんだけど、こんな大きいのを、ナイフで切って量り売りしてくれるんだって」
リリーは身振り手振りで石鹸について説明した。
現在進行形の表現魔法の授業で、魔法で立体物を動かす作業があり何かと手で触れる作業が多い。
頻繁に手を洗うので保湿に優れた石鹸が欲しい、という結論に至ったのは当然の事だ。
せっかく新聞で売り場の情報を得たので、外出ついでに買いに行く予定でもある。
「うちにも買っておくか?」
「うん!」
会話を交わしながら歩き、休憩する為のカフェを探す。
ふいにすれ違った女性がふらついて倒れた。
「──えっ?」
ちょ、ちょっと、とリリーはヴィントと慌てて介抱する。
体は冷たく、呼吸している様子がない。
「回復を!医者を呼んでくる!」
リリーは返事をする間も惜しんで女性に回復魔法をかける。
その間にヴィントは医者を呼びに走って行った。
……おかしい。何かが……
魔法をかけてもまるで手応えがない。
どこも悪い所はないようだ。
ただの疲労?
それとも……
もう亡くなっているのではないか、という悪い予想を振り切り、自分の魔力を分け与える方に切り替える。
ロマネストは魔法使いの国。
魔法に特化している者が殆どで、何かに集中しすぎて魔力切れを起こすのはよくある事だ。
とはいえ、呼吸を止めるほどの魔力消費……ましてや歩いていて突然倒れるような魔力の消費の仕方は聞いたことがない。
自身の魔力を半分以上与えてしまい、頭がくらくらする。
倒れていた女性も呼吸を取り戻し、顔色も少し良くなっている。
……やはり魔力切れなのだろうか?
程なくして医者が到着し、女性は病院に運ばれていった。
へたり込んでいるリリーの後ろにヴィントが回り込み体を腕で支える。
「随分消耗したな」
「えぇ……」
今度はヴィントがリリーに魔力を分け与え回復する。
リリーは回された腕から手を取って繋ぎ、大丈夫、と伝えた。
国民性か、人が倒れたというのに特に誰も気に留めず、街は普段通りを取り戻している。
医者ですら倒れた女性を救急すると特に礼も言わずさっと病院に戻って行ってしまう。
まったく、通りかからなければどうなっていたかとリリーは苦笑しながら呼吸を整えた。
「ん……?」
リリーは道端に何か落ちているのに気がつく。
ヴィントに支えられ、吹き出た汗を拭われながら目を凝らす。
「んんん…………?」
ぽってりとした透明の謎の物体は、一見何も無さそうにも見えるが目を凝らすとまるで蜃気楼のように揺らめき、そこに何かがあると告げている。
「どうした?」
「あの、あそこに何か……」
リリーが指を差すも、ヴィントは不思議そうな顔をする。
リリーはヴィントの肩を借りて立ち上がると、謎の物体に近づいた。
手で触るのは何となく怖いので、魔法で浮遊させてヴィントに見せる。
心底分からない、という顔をするヴィントを見て、リリーは自身のポケットからハンカチを出してぱさりと物体に乗せる。
ハンカチは半球状に盛り上がり、確実にそこに何かがある。
「何…これ……」
「何だこれは……」
二人は顔を見合わせた。
「えっこれ見えるの?」
第一声クルカンは頓狂な声を上げた。
「見え……ないような見えるような。透明に見えます」
透明が見えるとはおかしな話だが、見えると言えば見えるのだからそうとしか答えようがない。
非常に悔しいがクルカンほど詳しい男はいない。
雑学から魔法学まで、一体どこで身につけたのやら高い知識量を誇るクルカン。
フィアナには同郷と語ったが、リリーやヴィントの住む惑星エライユに来るまではどこで何をしていたのか定かではない出自の怪しい男なのだ。
「やっぱり才能あるねぇ。学生程度じゃ見えないかと思ったんだけどね」
クルカンはリリーの前髪を無造作に掴むと瞳を覗き込む。
瞳の虹彩から宿る魔力量が計測できるらしい。
べしっとヴィントに無言で手が払い除けられ、すみませんもうしないごめんなさいもうしないって怖いよその顔!!とクルカンは怯える。
……最初からやらなければいいのに、とリリーは冷たい目で睨んだ。
「……これはねえ、シムソイデの一種だよ」
「シム……何だそれは」
聞き慣れない言葉にヴィントは怪訝な顔をする。
「寄生虫」
ひっとリリーは短い悲鳴をあげて透明のそれ──シムソイデから距離を取りヴィントにしがみつく。
もう死んでるから大事ないよぉ、と気の抜けた声でクルカンは語る。
「人間には付かないと思ってたんだけどねえ……最近やたらそいつに魔力を吸われる奴がいるんだよ」
「多数いるのか?出所は?」
思案顔で質問するヴィントに、
「海から上がってきてるね。海中はもっと多いみたいで、人魚族からは死人が出てるみたい」
とクルカンが答える。
リリーはさっと顔を青くした。
「そうそう、お友達の人魚姫には黙っておいた方がいいかもね。彼女、事情が複雑だから」
「そんな……」
リリーは海の底に住まう人魚で同じ留学生のフィアナの事を考えた。
……話しても話さなくても傷つけそうな気がする。
現状、見える者が駆除するしかない、何故襲われる人間がとそうでない人間がいるのか分からない、という話だ。
リリーはどんよりとした気持ちのままヴィントと二人でクルカンの研究室から出た。
がちゃりと扉を開けると、扉の前の人物とぶつかりそうになってすみません、と慌てて声をかける。
「フィアナさん……!」
「わ、わたくし、その……何でもないですわ!」
踵を返して走り去るフィアナは目に涙を溜めていた。
おそらく聞こえていたのだろう。
「待って!」
リリーはヴィントに一声かけてからフィアナの後を追った。
「寄生虫?嘘をつくな。あれは魔獣だろう」
腕を組んで扉の前で佇むヴィントはいつの間にか後ろに来ていたクルカンに話しかける。
「ご明察ー!誰か作って持ち込んだ奴がいるね」
前半は明るく砕けて言うものの、後半は声を低くして告げる。
「作る?人工魔獣だと……?」
「僕はね、自分のシマを荒らされるのが嫌いなんだ。作った奴には相応の対価を払ってもらう」
「目星は?」
さあねーといつも通りの気負わない雰囲気に戻るとひらひらと手を振りながら言った。
「気をつけなね。奴ら、女子供や老人、弱い所から来るよ」
言外にリリーを気にかけろと言うことだろう。
ヴィントは踵を返しリリーたちを追った。
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