8.後輩の謝罪

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8.後輩の謝罪

リリーは何も無い壁に向かってんふふ、と微笑んだ。 本当にこの人はもうしょうがない人、とフィアナは呆れながらも見守る。 授業の空き時間に資料を集めに図書館へ。 というのはただの口実で、リリーは壁に向かってほくそ笑んでいる。 壁の先は演習場……ヴィントのクラスが模擬戦を行っており、魔法を使ってこっそり覗き見ているのだ。 授業のない生徒は観戦に行けるが、行けば目立ってしまう。 衆人の目線を避け心ゆくまま観戦したい。 何しろヴィントはリリーより強いのだ。 恋人の応援というより素直に剣術を学びたい。 一対一でヴィントが連戦する。 ああそこ、見えてない左後ろががら空き、一人目抜き。 なかなかいい線だけど二人目。 刀身ぶれないなあ私も基礎練頑張ろう三人目。 「勝ったらリリーさんに告白していいですか!?」 とんでもない事を言い出す四人目、瞬殺。 ヴィントは小さくチッと舌打ちした。 ええー!舌打ち! リリーの事を持ち出され、イラッとしつつも瞬時に平静を取り戻すヴィントにときめいて片手で口を覆ったリリーはふーっとため息を漏らした。 「リ、リリーさん」 リリーの対面の席に座ったフィアナが焦って声をかける。 ふるふると小刻みに顔を横に振ったので教師が来たのかと思い、慌ててカモフラージュ用に出しておいたテーブルの図鑑に目を落とした。 「やあ小さな(ペリステラ)。勉強中かな?」 いつの間にか隣の席に陣取っている男の声を聞いてリリーは固まった。 「こ、こんにちは生徒会長…」 「いつも名前では呼んでくれないね。嫌われちゃったかな?」 「そんな事は……レジオン会長」 リリーはちらっと生徒会長──レジオン・アルケニブを見る。 長めの金髪がさらさらと美しく、長いまつ毛に縁取られた青い瞳が宝石の様だ。 近くを通りかかった女生徒に嫉妬のような鋭い目で睨まれる。 壁側が行き止まりの席をとったのが仇となり、壁とレジオンに挟まれ、後ろは本棚、周りは生徒会役員と逃げ場がない。 「何か面白い壁だったのかな?」 うっとリリーは脂汗を流した。 何を見ていたか見透かされているようだ。 「壁……いえ……本を、」 ふぅん?と机に頬杖をついてリリーを見つめるレジオンはまるで絵画のようだ。 「いつになったら生徒会役員を引き受けてくれるのかな?」 「わ、私はそんな……まだ留学して間も無いですし」 「留学から七ヶ月です。間も無くではありません」 リリーの斜め向かい、フィアナの隣に座った生徒会書記の女生徒に素っ気なく言われる。 「僕と一緒で不安ならヴィントさんと一緒ではどうかな?」 あまりのスリルで胃腸に不調をきたしそう! 何と返答しようか迷っていると、生徒会役員を押し除けてちょっと失礼、とやってくる人影がいた。 「お話中失礼、リリーさんちょっといいかな?」 「クルカン先生……!」 怪しいとか窓から落とそうかとか散々してごめんなさいいざという時頼りになる……!リリーはぱっと期待を込めた目線でクルカンを見つめた。 「この間の決闘の生徒が謝りたいって。皆の注目になってもあれだろうし研究室に呼んでおいたよ。僕も立ち会うからおいでよ」 生徒会役員に睨まれてもまるで意に介さずクルカンはにこりと笑って本棚に手をついて言った。 「行きます…!」 渡りに船、教師が仲介に入れば決闘の男生徒ともややこしい事にならずに話がつくだろう。 「フィアナさんもおいで。実家から荷物が届いてるよ」 生徒会役員に囲まれて肩幅を縮めていたフィアナもしゅっと即立ち上がった。 「それなら同行しよう」 言いながら立ち上がるレジオンに、 「僕ってそんなに信用ない教師かなぁ?」 とクルカンは言うと、首を傾げた。 長い髪がさらりと揺れる。 「…………いいえ。出過ぎた事を言いました」 リリーとフィアナは生徒会役員が開けた道を通り、レジオンに挨拶するとその場を去った。 「だ、ダメですよあんな魔法使っちゃ……!」 リリーは小声でクルカンに忠告する。 フィアナは驚いて声を上げる。 「先生何か魔法を?全く魔力を感じませんでしたわ」 「緘黙の魔法だねえ。反論出来なくするんだ」 皆には内緒だよぉ、助けてあげたんだから、とにこにこ笑いながらクルカンは言う。 責め立てたいが、助けられた手前何も言い返せない。 「どうして助けてくれたんですか?」 リリーの問いに、 「僕はねえ、月夜以外もらんらん夜道を歩きたいんだよ」 とクルカン。 つ、月夜?とリリーが首を傾げていると、 「……闇討ちされたくないという意味では?」 ヴィントさんに……と何とも言えない渋面で告げるフィアナ。 「ヴィントはそんな事……決闘の生徒が謝罪に来てるって本当なんですか?」 「今強引に話題変えなかった?」 「思い当たる節があるんですのね……」 リリーはついと目を逸らして肩をすくめた。 思い当たる節ならちょっと少しありすぎる。 研究室に入ると二人組が席を立って迎える。 一人は決闘相手のアルドラ・グレゴリー。 もう一人はセミロング、紫髪の少女。特徴的なつるのない丸眼鏡と頭上の獣耳は見覚えがある、アルドラを幼馴染と呼んだ少女だ。 リリーの姿を見るとアルドラは両手両足を床につけて眼前に滑り込み、 「この度は!申し訳ございませんでした!」 ずどんと頭も床につけて丸くなるように伏せた。 衝撃でびょんと体が跳ね、本棚の上段からばらばらと本が落ちた。 ……何というか、うん。 「か、顔を上げてくださいアルドラさん」 同じように伏せて謝罪しようとする紫髪の少女も何とか制し、リリーは語りかける。 「何か誤解があったんですよね?もう大丈夫ですから」 「……泣いている幼馴染を連れて行ったと聞いて……つい頭に血が登って」 幼馴染とは隣の紫髪の少女の事だろう。 溺れかけていた彼女を医務室に連れて行った時に良くない噂となってしまったようだ。 「誤解が解けて良かったです。頭を上げてください」 でないと床が沈む。 「寛大な御心、誠に感謝し──」 もういちどずどんとやったので、魔法で本を本棚に戻していたクルカンは大量の本をぶち被った。 「この下職員室だからね?底抜けたら一緒に謝ってよぉ?」 ……それは謝って済む問題なのだろうか。
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