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心なし寂しさを覚えつつ、エイミは床に就く――。
いつも通りの独り寝だが、今日は何か勝手が違った。
暫くすれば、夫は戻って来ると自分にいい聞かせ、体を温めようと、かけ布に包まった。
風が吹きつけ、カタンカタンと窓を鳴らしている。
「ああ!」
――昼間は外の風にあてること。
エイミは、夫のいいつけ通り、庭にある東屋の庇に鳥籠を吊していた。
吹き付ける風の音で、鳥籠をそのままにしていることを思い出し、慌てて起き上がったエイミは寒さに震え上がる。
冬の到来には、まだ早い。しかし、今夜はやけに冷えた。この吹きすさぶ風のせいだろうか。
それで?
いったい鳥など、何の役に立つ?
この寒さを堪えて、なぜ、中庭へ向かわなければならないのだろう。
今日から私は主。あの鳥に、私がかしずく必要などないはずなのに。
鳥籠を、このままにしておこう…………か。
でも──。
エイミの心は揺らいだ。
鳥籠を放っておけば、翌朝、使用人に見つかる。そして、奥様が一晩、外に置いていたと、夫に告げ口する事だろう。
それも困る。
面倒だと思いながらも、エイミは、部屋着を羽織ると、床を抜け出し、寝所のある南の離れを出て中庭に続く門の扉を開けた。
思いのほか外は風が吹き荒れており、ちらちらと粉雪までが舞っていた。
しゃんとした綿入りの上着を羽織ってこなかったことをエイミは後悔したが、鳥籠を取り込むだけのこと。そう手間もかからないだろう。
ざっと吹き荒れた一陣の風に、エイミは、思わず東屋へ逃げ込んだ。
とはいえ、屋根だけの吹きさらしでは、寒さに変わりはない。風に、はらはらと夜着の裾がなびく。
頭上では、庇に吊り下げられた鳥籠が風に揺れていた。
中では、鳥が羽毛を逆立て丸くなっている。
さっさと、鳥籠を取り込んでしまおうと、エイミは背伸びして籠に指を這わす。
が、それ以上進まない。
昼間は、吊るし棒があったから、簡単に鳥籠をぶら下げることができた。
ところが、今は、その棒も、踏み台になりそうなものすら見あたらなかった。
爪先立ち、手をのばしても、籠の縁に触るのがやっとで、エイミの指先は、宙を掻くだけだった。
そんなことを、幾度か繰り返すうち、エイミはついに寒さに負けてしまう。
このままでは、凍えてしまうと、踵を返したのだ。
たかが、鳥一羽に、どうして、ここまでしなければならないのだろう。
それに。
エイミが、主なのだ。なぜ、主が、虐げられなければ、ならないのだろう。
寝所へ戻る為に、エイミは門の扉に手をやった。
しかし。
扉が開かない。閂がかけられている。
門の向こうで、カタン、カタンと音がしていた。
下男が、庭回りの戸締まりをしているようだ。入れ違いに、閂を、かけられたのか。
この時間に、この寒さ。まさか、人が、それもエイミが、庭に出ているなど思うはずもなく、確かめもせずに戸締まりをしたのだろう。
「開けて!開けてちょうだい!」
扉をたたけども、風のせいで、エイミの声はかき消されてしまう。
すぐ側に、人がいるはずなのに、もどかしい。
手が悴んで思うように動かない。
扉をたたく動きも鈍くなっていく。
部屋に戻るには、この門しかない。
扉が開かなければ、土塀で囲まれた中庭に、このまま閉じこめられてしまう。
ヒューヒューと、唸りながら、刃のように冴えた風が、エイミに容赦無く吹き付けてくる。
――東屋で、鳥が鳴いている。
いえ、これは風の音。
ああ、どちらでもいい。
誰か、誰か!扉を開けて!
足下に雪の吹き溜まりができ始めていた。
はやく部屋へ戻らなければ。
鳥は?
ああ、だから、どうでもいい。鳥なんか。鳥なんか。
どうして。
……どうして。鳥なんか!
「誰か!誰か!扉を開けてちょうだい!!」
エイミは、叫んだ。
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