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バンディ様の言葉に出席者は皆彼が掲げる婚約書類に目が釘付けになった。
「え、あれ……?」
「確かに王家の物とそれとなく似せた偽物に見えるわね……」
招待客がざわめきながらその書類を凝視する。ニーナはあの勝ち誇った笑みから一転してぎゅっと唇をかみしめている。バンディ様は招待客のいる方へと近づき更に書類をぐいっと見せびらかす。
「わからない人もいるだろうから説明するね。王家と婚約する際は王家側が用意した婚約書類にサインする事が求められる。そこには王家の紋章が刻まれているんだ。だが、今僕が持っているこの婚約書類は偽物。ここに王家の紋章が入っているけど形が違う。ほおらよく見てごらん?」
用紙の一番下の真ん中にピンク色をした王家の紋章が印字されている。しかしバンディ様が示した正確な王家の紋章とは確かに形が違って見えた。具体的には紋章の下半分のリボンの部分の線や形、それに鷲の羽の作りも一部違って見える。というか正しい物よりも全体的に粗雑に見える。
「本当だ……」
「偽物だ……バルガス家が書類偽造の罪に手を染めるだなんて」
「ありえない。本当にバルガス侯爵家が書類を偽造したの?」
招待客の目線はバンディ様から次第にニーナとその両親に向けられている。その時。ニーナは両親に向き直り、父親の胸ぐらをぎゅっとつかんだ。
「お父様! 書類を偽造したのって本当なのですか?! わたくしてっきり本物の書類かと……!」
ニーナはぼろぼろと涙をこぼしながら父親を責め立てた。父親は一瞬目を丸くしたが、罪を認めたかのようにうなだれすまない……と何度もつぶやく。
この光景を見た私はすぐにニーナが知らないはずがない。と感じた。だからニーナの涙を見ても特に何の感情も湧いて来ない。だが周囲の招待客からはニーナをかばう声が聞こえて来る。
「ニーナ様かわいそう……」
「お父上の独断だったのね」
「ニーナ様……ニーナ様は悪くないわ! お父上に騙されただけよ!!」
「そうよそうよ! ニーナ様は悪くないわ!!」
あちこちからニーナは悪くない! という彼女を擁護しかばう発言がこだまする。バンディ様をちらりと横目で見ると彼はぐっと唇をかみしめていた。そしてふっと笑顔を浮かべニーナの父親の方へと近寄った。
「本当に君の独断か? バルガス侯爵」
「……ああ、私の独断だ。娘は悪くない」
「もしかしてかばってる? 本当はニーナも知ってたんじゃないか? だってその書類にサインしているんだから」
「!」
ここでニーナの父親がうなだれたまま右手の指をぱちんと鳴らす。すると周囲から武装した兵士が現れる。更に時を同じくしてニーナがどこからか黄色いもこもこした扇子を取り出して一扇ぎするのと同時に私達招待客の周囲をドラゴンの形をした炎の渦が取り囲んだ。
「っ!」
「きゃあっ!!」
「炎魔術だ!! 皆逃げろ!!!」
炎がものすごいスピードでバンディ様を口を開けたドラゴンの如く飲みこもうとしている。私はすぐさま足をめいっぱい伸ばし、魔力を炎めがけて解き放った。バンディ様を助けなければ……!
「マルガリータ!」
ルネの声が聞こえた瞬間、身体が猛烈に熱くなるのと同時に視界が暗くなった。
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